2019年08月16日

戦争は賭け事ではないが負ければ無一文にさえされる

'19年8月16日(金)

終戦の年の5月25日、
のちに作家となる18歳の
北杜夫さんは東京最期の
空襲を体験した。
「山の手空襲」である
◆翌日、自転車で青山から
澁谷にかけてを走って
目にした光景を、
『どくとるマンボウ追悼記』に
書き残している。
建物はことごとく焼き払われ、
「空洞となったビルや倉庫」が
ぽつりぽつりと残るだけ。
表参道の入り口には
おびただしい数の遺体が
積み重ねられていたという
◆青山、澁谷、表参道。
できれば若い方に今の東京
一等地との景色の違いを
心に留めていただきたく、
青山育ちの北さんの随筆を
引いた
◆<八月十五日>。
そう題する詩がかつて、
本紙の「こどもの詩」欄に
載ったことがある。
<終戦記念日/どうして
 日本が負けた日が/
 記念日なの>
(小学3年生・男子)。
この疑問に選者の詩人、
川崎洋さんがじつに
簡潔明瞭な評を寄せている。
「またとない反省の日
 だからです」
◆きょう(15日)がまたと
ない日となる。
なぜ戦争をしたか。
なぜ戦没者は310万人に
及んだか。
痛みとともに歴史を省みつつ、
考える日だろう。
そして華やぐ街を今、
なぜ安心して歩けるか。
その理由も記念日に教わろう。
(編集手帳 讀賣新聞8/15)
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする