2019年07月13日

人の痛みが分かる心があれば、悪いことはできない

'19年7月13日(土)

多感な10代に、原子爆弾の
惨禍に遭った少年少女らは、
その後、どんな人生を送った
のか。米ジャーナリストが
12年をかけてまとめたノン
フィクション「ナガサキ」の
日本語訳が刊行された。
筆舌に尽くしがたい凄惨な
現実から立ち上がった
人間像の数々に頭が下がる。
▼長く「語り部」として
各地を巡り、9年前に
78歳で亡くなった
吉田勝二さんの逸話には
心を揺さぶられた。
顔面などに大やけどを負い、
痕が残った。周囲の視線に
耐え、一歩ずつ社会復帰を
果たし、結婚して
2児の父親となる。
小学校の運動会のお昼時。
次男の友だちが言った。
「おまえの父ちゃんは
 恐ろしか顔しとんね」
▼吉田さんは一瞬
「来なければよかった」と
後悔したという。
しかし、次男はすぐに
毅然と言い返したそうだ。
「父ちゃんは原爆に
 遭(お)うたんたい。
 なんも
 怖いことはなか!」。
「息子の言葉に
 救われました」と
吉田さんは振り返る。
そして、常々こうも
語っていたと聞く。
「平和の原点は、
 人の痛みがわかる心を
 もつことだ」
▼被爆から74回目の夏が
来る。核を駆け引きの
材料にしようとする国々の
動きはやむ気配はない。
「最終兵器」を手にした
時代の宿命だろうか。
そんな中でも死の恐怖や
偏見を越え、体験を語り
続けた姿に希望を見る。
有志連合の語もにわかに
飛び出したが、平和への
地道な訴えこそ重い責務
であることを忘れては
なるまい。
(春秋 日本経済新聞7/12nikkei.com)
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする