2019年07月06日

五七五の短文だが、味わい深い豊かな表現力の俳句

'19年7月6日(土)

朝起きて井戸に水をくみに
いくと、釣瓶(つるべ)
朝顔のつるがからみつき、
花を咲かせていた。
それを外して水をくむのは
忍びない気がして、
近所からもらい水をした
◆句意から先に書いてみた。
江戸中期の俳人、
加賀千代女の作である。
<朝顔につるべ取られて
 もらひ水>。
すがすがしい朝の空気を
吸い込ませてもらった
心地がするとともに、
小さな命へのやさしさが
何ともいえない
◆数日前、近所の小学校を
通りかかったとき、
子供たちが校庭に並べる
いくつもの鉢植えが目に
留まった。朝顔とわかった
のはどの鉢も見事に咲いて
いたからである
◆先の句にはもう一つ、
やや表現の異なるものが
ある。
千代女は30代半ばを迎えた
頃、こう詠み直している。
<朝顔やつるべ取られて
 もらい水>。
や、と感嘆することで、
ふいに出会った朝顔の
美しさへの感動を伝えた
かったのだろうといわれて
いる
◆気象庁によると、大雨を
伴う梅雨前線は7月中旬まで
列島を横切る今の形を変え
ないという。
不快なだけでなく、危険も
はらむぐずついた天気との、
付き合いはしばらく続く。
清冽な空気の中、朝顔に
感嘆する夏が待ち遠しい。
(編集手帳 讀賣新聞7/5)

小学3年の孫娘の父兄参観で
親が担任の教師から言われて
きた。
割り算の余りと五七五に
まとめて俳句を作ることに
苦労していると――。

加賀の千代女の話に戻る。
朝顔に・・・では千代女が
主人公になってしまうという
ことか・・・・。

<とんぼ釣り今日はどこまで
 どこまで言ったやら>。
これも彼女の作だそうだが、
亡くなった子どもが今にも
ひょっこり帰ってきそうな
母親の心境を詠ったものだ
という。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする