2019年07月02日

自由と統制は国家による規制の匙加減で決められる

'19年7月2日(火)

「宿泊客に天安門事件に
 ついて尋ねると、みんな
 『知らない』と言うん
 だよ。中国の民主化
 運動についても、非常に
 画一的な批判ばかりを
 口にするんだ」

そう語るのは、私が
ベトナムの首都・ハノイで
出会ったビンさん
(仮名、31歳)だ。
中国企業での勤務経験を
持つ彼が経営するゲスト
ハウスは、若い中国人の
溜まり場である。
なかにはビジネスや観光
のみならず、
国際的な英語検定
「IELTS(アイエルツ)」の
受験を目的に滞在する人
までいる。
ベトナムで実施される
英語面接は中国よりも
簡単だという噂があり、
欧米留学を目指す中国人が
国境を越えてハノイに
受験に来るのだ。
だが、たとえ海外志向を
持つ若者であっても、
彼らには共通した傾向が
あるという。

「中国人は豊かだけれど、
 政府に洗脳されていると
 感じる。若い人ほど
 そうだ」

ビンさんの国・ベトナムも、
中国と同じく社会主義国家
である。だが、2013年に
ベトナム共産党内の改革派
グループが一党独裁体制の
根拠となる憲法第4条の
撤廃を主張する建議書を発表
してインターネット上でも
公開。その後も異議の申し
立てが繰り返されている。
将来的な体制改革の道は
完全に閉じられてはいない。

ドイモイ(刷新)政策の
進展に伴う経済発展と
中産階級の増大を通じて、
インテリ層を中心に
体制に批判的な考えを持つ
人々も生まれている。
彼らの情報源はインター
ネットだ。中国では
接続が規制されている
フェイスブックや
ユーチューブの閲覧も、
ベトナムではある程度は
寛容だ。

「天安門事件や香港の
 デモの情報も、ベトナム
 戦争で打倒された南ベト
 ナム(ベトナム共和国)の
 情報も、海外に脱出した
 ベトナム難民が発信する
 民主化アピールもネットで
 知った。僕たちは中国人
 よりも自由なんだ」

1980年代後半、中国は
開明派指導者の胡耀邦、
趙紫陽のもとで政治改革の
兆しを見せ、大規模な
学生デモすら容認され得る
開放的な空気があった。
対してベトナムは、
隣国カンボジアへの軍事介入
から国際的に孤立。
1986年12月に
ドイモイ政策が始動した
ものの、戦時体制の
残滓が残る社会は閉塞感に
包まれていた。
しかし、現在の中越両国の
政治的空気は、体制改革の
期待やネット情報の自由度
などの面では逆転している。

もっとも、ベトナムにも
言論規制を強める動きがある。
政府による反体制的なウェブ
動画やSNSアカウントの
ブロック処置が進むほか、
今年1月にはネット上の
「有害情報」を規制する
サイバーセキュリティー
法が施行。3月にはタイで
失踪したベトナム人の人権
活動家がハノイで収監されて
いたことも明らかになった。

自由と統制のバランスは、
社会主義緒諸国が共通して
頭を悩ませてきた問題だ。
中国は「統制」という答えを
選んだが、ならばベトナムは
どうか。インドシナの
小さな赤い国が、30年前の
隣国と同じ問いに直面しつつ
ある。
(ルポライター安田峰俊氏
 1000字でわかる「天安門」
 30年後 揺れる隣国3
 讀賣新聞7/1 21(文化)面)

posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする