2019年07月16日

「申し上げます」という敬語を繰り返さない日本語術

'19年7月16日(火)

仕事のメールを
書いていると、
同じことばの繰り返しに
なって困ることが
あります。

「ご連絡いただき
 感謝申し上げます。
 お問い合わせの件に
 つきましては、
 後日改めて
 ご連絡申し上げます。
 何とぞよろしく
 お願い申し上げます」

短い文面に「ご連絡」が
2回、「申し上げます」が
3回出てきます。
「ご連絡」は「ご返信」
などに言い換えるとして、
厄介なのは
「申し上げます」です。
敬語の語尾なので、
そう簡単に省くわけには
いきません。

いや、待てよ、
「申し上げます」は
「いたします」に
言い換えてもいい
のでは――
そう考える人も多い
はずです。
なるほど、
「感謝いたします」
「ご連絡いたします」
「お願いいたします」
とも言えそうです。
「申し上げます」と
「いたします」を、
適当に織り交ぜて書けば、
変化が出ていいんじゃ
ないのかな・・・・・・。

それも解決策です。
ただ、「申し上げます」
「いたします」の意味は
イコールではありません。
織り交ぜて書いてもいいの
ですが、意味の違いも
押さえておく必要があり
ます。

謝罪会見のニュースで、
責任者が
「心から反省申し上げます」
と言うことがあります。
これはやや違和感があり
ます。
「申し上げます」は。
相手がある場合に使います。
たとえば「尊敬」は相手に
対する気持ちなので
「尊敬申し上げます」と
言えます。
一方、「いたします」は、
自分だけですることに
使います。
「反省」はひとり静かに
することなので、謝罪会見
では「反省申し上げます」
よりも「反省いたします」
のほうが自然です。

こう考えると、
冒頭のメールの
「感謝申し上げます」は
「感謝いたします」では
物足りません。
ここでの「感謝」は相手に
対するものです。
「感謝いたします」に
変えると、自分ひとりで
ひそかに感謝している
ようで、相手への強い
気持ちが表現できません。

それならば、「ご連絡」
「お願い」も相手に対する
ものなので、
「ご連絡いたします」とは
言いにくいのでしょうか。
いえ、これは大丈夫です。
「お(ご)〜いたします」の
形は、
「お(ご)〜申し上げます」
と同様、相手がある場合に
使うのです。
ただ、
「お(ご)〜いたします」
よりも
「お(ご)〜申し上げます」
のほうが深い敬意を示します。
そこで、両方を織り交ぜる
なら、途中は
「ご連絡いたします」の
形にして、最後は
「お願い申し上げます」の
形で締めるのもひとつの
方法です。
(国語辞書編纂者飯間浩明
 なるほど日本語術
 PHPNo.854 ‘19/7)

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2019年07月15日

観察力を磨くためにデッサンをする、東大の授業でも

'19年7月15日(月)

ルネサンスの巨匠、
ミケランジェロとレオナ
ルド・ダ・ヴィンチは
ともにデッサンを重視した。
前者は弟子にこう書いて
いる。素描しなさい。素描
しなさい、時間を無駄に
しないで――。繰り返し
説く様子を、三菱一号館
美術館で一昨年あった
展覧会の図録は紹介する
▼形や陰影、質感などを
注意深く見て、再現する
ための情報量をふくらま
せる。自然科学にも関心を
向けたレオナルドは人体の
解剖までして精密な素描を
残した。科学的な視点が
ふんだんな彼に対し、
ミケランジェロは人間の
動きの力強さをとらえた。
違いはあるが、鋭い視線を
土台に理想の美を追求した
点は共通している
▼そうした人の観察力が、
これからも敬意を払われ
続けるだろうか。
企業の採用面接では
人工知能(AI)が応募者の
表情をもとに性格を見極め
始めた。脳波と心拍から
AIで感情を読むシステム
など、人の観察眼に取って
代わる新技術は
毎日のように報じられて
いる。
芸術分野に入り込んでいく
のも荒唐無稽ではあるまい。
▼観察力が衰えないかと
いう危機感からだろうか。
東大は6月から専門家を
講師にドローイング
(デッサン)の授業を
始めた。
文系、理系を問わず、
学生に新しいものの見方を
発見してもらうという。
デッサンについて
レオナルドは、
仲間と一緒に描いて比較
すると刺激になる、と
語っている。助言を授業で
実践できそうだ。
(春秋 日本経済新聞7/11nikkei,com)

わが国にも伊藤若冲のように
鶏を描き続けた画家がいた。
徹底した観察には妥協が
なかったという。

「チコちゃんに叱られる」
というNHKのバラエティー
番組がある。
5歳のチコちゃんが
問いかける素朴な質問に
答えられないと
「ボーっと生きてんじゃ
 ねーよ!」と叱られる。

ある程度のことを
気にしながら生きるのは
礼儀でもある。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月14日

折れない心の子どもを育てる環境をつくる

'19年7月14日(日)

○折れない心とは
折れない心がある人は、
問題にぶつかっても
すぐに立ち直ります。
折れない心は経験を通じて
培われます。
子どもが転びながら
歩き方を覚えていくように、
人は失敗を経験しながら
人生の歩み方を学んで
いきます。

○なぜ大切?
失敗や逆境を経験したり、
間違いを指摘されたりすると、
がっかりして心が折れて
しまう子もいます。
それで、子どもが次の
事実を知ることは大切です。
・頑張っても失敗する
 ことはある。
・逆境を経験しない人は
 いない。
・改善点を知ることは
 成長に欠かせない。
折れない心を培えば
お子さんはこれから起きる
問題にも自信を持って
立ち向かえるでしょう。

○どうやって教えるか

失敗したとき
子どもが気持ちを整理
できるように助けてあげま
しょう。
学校のテストで失敗したり
すると、子どもは
投げやりになって
「もう無理!」と言うかも
しれません。
失敗を繰り返さないために
どうすればよいかを
考えさせましょう。
そうすればくよくよせずに
問題に向き合おうとするで
しょう。

逆境に遭ったとき
人生は予測がつかないもの
です。
お金を持っていても
次の日にはなくなったり、
今は健康でも次の日には
病気になったりするかも
しれません。

お子さんを危険から
守るために、親として
精一杯のことをしておら
れるでしょう。しかし、
実際には、人生で経験する
すべての困難から子どもを
守ることはできません。
子どものうちに
失業や破産といった問題を
経験することはないとしても、
友達との仲たがいや家族との
死別などについては、
対処法を教えておくことが
できます。

辛口な指摘を受けたとき
辛口な指摘はいじめとは違い
ます。それは子どもの態度や
行動を改めるのに役立ちます。
改善点を認めるように教える
ことは親子双方にメリットが
あります。

指摘された点から学べる
ように、どうすれば子どもを
助けられますか。
もし学校や他の場所で
お子さんが注意されたら
かばいたくなる気持ちと
闘ってください。
その代わりに、お子さんに
こう聞けるかもしれません。
・「どうして注意されたんだ
 と想う?」
・「どうすればもっと良く
 できるかな?
・「今度何か注意された時は
 どうしたらいい?」
他の人の指摘から学ぶことは、
子どもの今と将来に役立ち
ます。
(目ざめよ!2019 No.2 ウエブサイトJW.org)
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月13日

人の痛みが分かる心があれば、悪いことはできない

'19年7月13日(土)

多感な10代に、原子爆弾の
惨禍に遭った少年少女らは、
その後、どんな人生を送った
のか。米ジャーナリストが
12年をかけてまとめたノン
フィクション「ナガサキ」の
日本語訳が刊行された。
筆舌に尽くしがたい凄惨な
現実から立ち上がった
人間像の数々に頭が下がる。
▼長く「語り部」として
各地を巡り、9年前に
78歳で亡くなった
吉田勝二さんの逸話には
心を揺さぶられた。
顔面などに大やけどを負い、
痕が残った。周囲の視線に
耐え、一歩ずつ社会復帰を
果たし、結婚して
2児の父親となる。
小学校の運動会のお昼時。
次男の友だちが言った。
「おまえの父ちゃんは
 恐ろしか顔しとんね」
▼吉田さんは一瞬
「来なければよかった」と
後悔したという。
しかし、次男はすぐに
毅然と言い返したそうだ。
「父ちゃんは原爆に
 遭(お)うたんたい。
 なんも
 怖いことはなか!」。
「息子の言葉に
 救われました」と
吉田さんは振り返る。
そして、常々こうも
語っていたと聞く。
「平和の原点は、
 人の痛みがわかる心を
 もつことだ」
▼被爆から74回目の夏が
来る。核を駆け引きの
材料にしようとする国々の
動きはやむ気配はない。
「最終兵器」を手にした
時代の宿命だろうか。
そんな中でも死の恐怖や
偏見を越え、体験を語り
続けた姿に希望を見る。
有志連合の語もにわかに
飛び出したが、平和への
地道な訴えこそ重い責務
であることを忘れては
なるまい。
(春秋 日本経済新聞7/12nikkei.com)
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月12日

子どもの潜んでいる能力を見つけ出すのは誰の務めか

'19年7月12日(金)

数学者の秋山仁さんは
どんな学者かといえば、
研究室から飛びだし、数学は
楽しいよ、面白いぞと
子供たちをやる気にさせた
人だろう
◆そんな秋山さんが
一抹の不安を抱く家庭の
情景がある。
<むかし数学で苦労した。
 ひょっとすると、
 遺伝のせいかもしれない>
と思ってしまい、子供に
さぼるな、勉強しろと語気を
強められなくなることだと
いう
(「遺伝のせいにするな」、
 中公新書
 『数学流生き方の再発見』
 所収)
◆親から子へ、数学力に
劣った遺伝子が受けつが
れている――こうした
考え自体、生物学に照らすと
安易な誤解になる場合も
あるそうだ
◆日本学術会議の分科会が
高校生物の用語
「優性・劣性」を改める
ように求めた。
代わりになるのはかなり
耳慣れない言葉だが、
「顕性・潜性」。
遺伝によりある特徴が
(あらわ)れやすいか、
潜む傾向が強いか、
それを説明するにすぎない
用語なのに優劣を引き継ぐ
ように誤解されることが
多いためという
◆とすると、先の家庭の
情景ならば思いをこう
変えてみてはいかがだろう。
<むかし数学で苦労した。
 ひょとすると、
 力が潜んでいただけ
 かもしれない>。使える!
(編集手帳 讀賣新聞7/11)
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする