2019年06月30日

膠着状態の米中貿易摩擦、わが国への接近を図る中国

'19年6月30日(日)

マルに対し、ペケという
拒否・拒絶に使う言葉は
謎めいている。
語源として二通りの説が
あるらしい
◆一つは「あっちへ行け」の
マレー語から出たとする説。
もう一つは中国語の
「不可=プークォー」が
変化したとするものだが、
中国の習近平国家主席の
答えは「不可」どころか、
前向きだったという。
日中首脳会談で、
国賓として来春の再来日を
求めた安倍首相の提案を
受け入れた
◆会談では柔和な表情で
首相にこう尋ねる場面も
あった。
「中国人は日本がとても
 好きです。日本人
 観光客を増やす
 アドバイスはありま
 せんか」
◆共産党機関紙・人民
日報が掲載した習氏の
手紙も異例のことだろう。
中国語を学ぶ日本人に向け、
「友好の未来は青年世代に
 託されている」
と呼びかけた。
尖閣諸島問題で関係が
悪かった頃、本誌に載った
時事川柳を思い出す。
<日中の首脳のハグを
 見てみたい>。
今や皮肉やおかしみを
感じない。悪くないこと
ではあろう
◆とはいえ米中摩擦が
高じて転がってきた友好
であることは否めない。
川柳が再び面白くならない
ことを祈りつつ、
とりあえず首脳外交に
小さめのマルをつけておく。
(編集手帳 讀賣新聞6/29)

中国の観光中、
調子に乗って写真を
撮りすぎて、
日本が大好きな中語人に
拘束されないように
注意したい。

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2019年06月29日

世界平和のためにトランプ大統領養育係が必要では?

'19年6月29日(土)

トランプ米大統領が
昨年1月、側近に尋ねた。
「韓国に大軍を駐留させて
 われわれは何を得るのか」。
当時、国防長官だった
マティス氏が答えた。
「第3次大戦を防ぐため
 です」
▼著名な米記者ボブ・
ウッドワード氏の
『FEAR恐怖の男−
 トランプ政権の真実』の
一場面。駐留によって
米国の金が奪われると主張
するトランプ氏について、
マティス氏は
「小学5、6年の理解力
 しかない」と嘆いた
▼先の日米首脳会談で
確認した強固な同盟とは
何だったのか。
トランプ氏は米軍の
日本駐留も無駄と思うらしい。
「日本が攻撃されたら
 米国は第3次大戦を戦う。
 米国が攻撃された時、
 日本はテレビを見て
 いられる」と日米安全
保障条約に不満を述べた
▼報道によると、私的な
会話で条約破棄に言及。
米軍普天間飛行場
(沖縄県宜野湾市)の
名護市辺野古移設を
米国からの土地収奪と
見なし、賠償を求める
考えという。
飛行場が造られたのは
米軍が強制接収した土地。
力ずくで奪った土地を
高く売りつけるとは、
こんな理不尽な話もない
▼脅して譲歩を迫るのが
トランプ流。
同氏の言動によって
イランでは戦争の危機が
高まる。世界は
「お山の大将」に
振り回されているかのよう。
きょう(28日)
G20大阪サミットが始まる。
彼に毅然と忠告できる
指導者はいないのか。
(河北春秋 河北新報ONLINE NEWS6/28)
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2019年06月28日

千葉は農業県、さつまいも、ピーナッツ、西瓜も育てる

'19年6月28日(金)

スイカの収穫が各地で
最盛期を迎えている。
きのう(26日)になって、
千葉県版にほがらかな
話題が載っていたのに
気づいた
◆関東有数の産地・
富里市で日曜日に開かれた
ロードレース大会で、
ランナーのために「給水所」
ならぬ「給スイカ所」が
設けられたという。
ひた走りながら、蒸し暑い
大気の中でほおばる夏の
味覚の清涼感はいかばかり
だったろう
◆<だまされて薄桃色の
  西瓜哉(かな)>子規。
糖度検査を経ての出荷が
当たり前になった今では、
中身に外れがあったのは
昔話だろう。甘そうな赤々と
した実が店頭を飾る季節に
なった
◆思い出す熊本の産地がある。
益城(ましき)町のスイカ
農家・河添敏明さんは
3年前の4月、震度7の
「本震」で自宅が全壊し、
娘の由美さん
(当時28歳)を亡くした。
先日、本紙西部版が近況を
伝えていた。
「ひょっこり帰ってくる
 気がして」。
現実が受け入れられず、
お墓に骨を納めたのは
昨年の8月のことだった。
由美さんは作業を
よく手伝ったといい、
河添さんは娘のいない
4度目の収穫期を迎えた
ことになる
◆<板の間に
  子の這ひかかる
  西瓜かな>使帆。
尽きなく思い出の甦る繁忙期
だろう。
(編集手帳 讀賣新聞6/27)

関西にいる次男一家が
お盆に帰省するという。
畑に西瓜の苗を3本植えた。
その頃、5〜6個は採れる
算段である。
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2019年06月27日

昔の方が他国に親しみと敬意をもって接していたようだ

'19年6月27日(木)

明治期辺りの
書物に見られる英単語の
漢字表記はクイズみたいな
ところがある。
翻訳家の柳瀬尚紀さんは
若いころ、こんな表記に
でくわした。
<牛津大学>
◆字面からは想像もつか
ないが、イギリスの名門
オックスフォード大学という。
牛は英単語のカウのほかに
オックス=OXともいい、
津はフォード=FORD
(浅瀬、渡し場)から来て
いる
◆いつしか言葉としての
役目を終えたのだろう。
多くが消えたなかで、
柳瀬さんは国名の
漢字1字はかなり便利だと
著書に記している。
英米独仏露中――これが
カタカナの頭文字
「イアドフロチ」では
何だかわからない
◆28、29の両日、大坂で
G20首脳会議が行われる。
議長国、日本の力量も
問われよう。国際社会の
安定・発展につながる声明を
採択できるかどうか。
世界が注目するのは最終日に
予定される「米中」首脳会談
だろう。
貿易不均衡などをめぐり、
激しく対立する両国は
どこに向かうのか
◆日本ではアメリカに
「亜米利加」という漢字を
あてるが、中国は
「阿美利加」だという。
通称は「美国」。
ぎすぎすした関係を報じる
中国の新聞の見出しが想像
できない。
(編集手帳 讀賣新聞6/26)

因みに、スイス(瑞西)、
スウェーデン(瑞典)は
一文字ではどちらも瑞、
南アフリカ(南阿弗利加)は
二文字で南阿と表記する。
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2019年06月26日

老後、2千万円も遣えないと、作家・曾野綾子さん

'19年6月26日(水)

最近、老後に2千万円の
「手持ちのお金」が必要だ
という話が、世間で話題に
なっている。
誰によってなされた試算か
わからないが、、もちろん
経済の実情に詳しい
専門家によって算出された
数字だろうから、世間も少し
騒いでいるのだろう。

「あわてて貯金」組も多い
かもしれないが、わが家の
夫がもし生きていたら、
「ボクは下着のパンツと
 シャツしか買わないから、
 100万円でも余るくらいだ。
 古着がいっぱいある
 衣装持ちだから、150歳
 くらいまで生きても
 不自由しない」と
威張って言うだろう。
趣味的吝嗇老人という
人種は世の中にいっぱい
いて、小銭を遺して死んで
どういういいことがあるの
だろう、と私は思うが、
お金を使わないことが
楽しくて、10`先くらい
までは、電車賃を倹約する
ためだけに歩く年寄りも
いる。

亡夫もそうだった。
私の家の近くの駅から
山手線に接続する駅まで
10`あるかないか。
電車賃は190円なのに、
それを惜しんで歩くことも
あった。

「どっちが損か、
 あの人に教えてやって
 くださいよ。
 190円を惜しんで歩くと、
 ズボンの裾と靴の底が
 減るんだけど、
 それがあの人には
 わかってないんだなあ」

と年若い男の友人たちは
言っていた。

しかし老年になるという
ことは、一種の精神の解放を
伴うことが、最近私にも
わかってきた。
若い時代には、まだ先が
長いから、病気になっては
いけないという責任感も
つきまとった。
バランスよく食べるには、
好きなものだけ食べて
いてはいけないなどと
考えたものだ。

しかしこの頃の私は、
そんな理詰めの考え方も
やめた。
塩辛が大好きだから、
塩辛だけで一食済ませる
ことも
「老年のすばらしい自由」
の一つだと考えている。
ただし脳の血管障害を
起こさない程度の偏食に
留めることには、責任を
持たねばならないだろう。

しかし皮肉なことに、
長年の節制の結果、
この年になると、
塩辛だけをおかずに2膳
食べようとも思わない。
自然に円満な食べ方を
している。食べ物を
捨てたことがない調理も
お手のものだから、
残りの野菜で、
いためものやお汁も自然に
できている。
つまりどうしても
「体にいい食事」をして
しまう仕組みになって
いるのだ。

何で健康に気をつけるのか。
一度老人の一人として
言っておかねばならないと
思うのは、私としては
決して長寿を望んでいる
からではない。さしあたり
病気になって、周囲に
迷惑をかけないためである。
年をとるほど、
長いレンジでものを考え
なくなり、その場限りの
都合がよければそれでいい、
と思う気分もある。
しかしその半面、長い
視野が生まれている面も
ある。

老年に2千万円貯金が
なくても、飢え死にする
人はないだろう。
人間の心というものは、
すばらしい柔軟性を持って
いて、そういう不運な人が
身近にいれば、誰でも
おにぎり一個さし出すもの
なのだ。
地球は人が恐れるより
はるかに長いレンジで
ものを見て解決する
聡明さを持っている。
(作家 曾野綾子
 小さな親切、大きなお世話
 産経新聞6/23 2(総合)面)


大金持ちのはずの曾野さんは
質素な暮らしをしておられる
ということなのだろう。

地球が長いレンジで
ものを見るということは、
原始の時代から
生きてきた人類は、
叡智を働かせて今後も
生きていけるということ
なのだろう。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする