2019年05月22日

災害大国日本、経験に頼らない判断が求められる

'19年5月22日(水)

船が島に着くと、雨だった。
男が飛び降りると、現地の
農林職員が説明する。
「ひと月に35日は雨という
 ぐらいですからね」。
屋久島の雨の多さを
有名にした林芙美子
『浮雲』の一節である
◆編集者らと島を訪れた
芙美子は紀行文も書いて
いる。
<山々は硯を突き立てた
 ようにそそり立ち、
 陽のぐあいで
 赤く見えたり、紫色に
 見えたり・・・私達は
 見とれた>。
その明媚な山に茂る
縄文杉をめざした人たちだ
という
◆先週末、登山者314人が
大雨による土砂崩れのため
山中に取り残された。
全員下山できたとはいう
ものの、救出のもように
肝が冷える
◆自衛隊が濁流の上に
かけた仮設の橋を渡ったり、
ロープを伝ったりしながら
命からがら下りてきた。
大雨警報が出ると入山は
取りやめになるが、発表は
18日午後3時25分だった。
早朝に出発するツアーには
とうてい間に合わない。
気象庁によると、今回もまた
近年ひどい爪痕を各地に残す
「50年に1度の大雨」という
◆その季節が来たかと
実感する。
避難するかどうかなど
経験にとらわれない判断が
必要だろう。
雨に親しむ「月35日」の
土地でも、対処に
ままならぬほどだから。
(編集手帳 讀賣新聞5/21)

雨の季節を前に、
市から「防災マップ」が
配られた。
わが家は道路を挟んだ
小学校が避難先になって
いる。

ところでその道路の補修は、
いつもアスファルトの
上塗りで厚化粧になって、
道路がわが家の庭より高く
なった。
年に何回かの大雨のときは
川になった道路から
わが家へ海辺の砂浜のように
波が押し寄せた。

退職を期に、浸水により
痛んだ家を、宅地を70aほど
かさ上げして建て替えたので、
避難先の小学校の校庭よりも
高い土地になった。

それでも避難先は小学校である。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする