2019年05月18日

運がない時はパティ・ペイジのテネシー・ワルツを聴く

'19年5月18日(土)

テレビがなかった頃、
‘13年の元日に亡くなった
パティ・ペイジの歌を
よく聴いていた。

なかでも
テネシー・ワルツは
歌詞が聞き取りやすく、
日本でもカバーする
歌手が何人かいた。
この曲はテネシー州の
州歌になったそうである
(Wikipedia)。


この曲を歌う歌手の動画を
集めてみた。
運がないと感じたときは
これらを聴き比べるのも
一つの対処法だと思う。

参考
Patti Page
CONNIE FRANCIS
江利チエミ
美空ひばり
伊東ゆかり
綾戸智恵
posted by (雑)学者 at 22:23| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

直木賞を惚れた女に例えた作家の阿部牧カさん逝く

'19年5月18日(土)

昭和49年の夏、阿部牧郎
さんは直木賞に落選した。
6年前に初めて候補に
あがって以来、7度目である。
「惚れた女に男がいた。
 あきらめる以外にない」。
そんな心境だった
(『大阪迷走記』)
▼しばらくして、サンケイ
スポーツで連載が始まった。
総合商社を舞台にした
官能小説『金曜日の寝室』
である。
「オモロイでんなあ」。
阿部さんは、街に出ると、
見知らぬ人から次々に
声をかけられる。
小説家になって初めての
経験だった
▼“色物”に手を染めると、
直木賞から遠ざかるのでは
ないか。阿部さんには
葛藤があった。結局、
読者の要望に応じようと
決めた。
殺到する注文を引き受けて
書きまくっているうちに、
10年近くがすぎた
▼やがて体に異変が表れた。
病院のベッドで、久しぶりに
たくさんの小説を読んだ。
昔とは違う感銘を受けて、
あらためて創作の意欲が
わいてきた。読書に疲れて
天井を眺めていると、
中学、高校時代の友人の
顔が、数十年ぶりに浮かん
できた
▼主人公の小説家、
矢部宏が故郷のO市に
戻ってくる場面で始まる。
自殺した高校時代の親友の
葬儀に参列するためだった。
阿部さんは、退院後すぐ
取り組んだ自伝的長編小説
『それぞれの終楽章』で、
ようやく直木賞を射止めた。
54歳になっていた
▼受賞後も「官能」は、
重要なテーマだった。
先の大戦を背景にした
外交官や軍人の伝記小説
にも取り組んだ。
草野球チームを率い、
オーボエをたしなむ音楽通
でもある。
85年の生涯を猛烈な勢いで
走り抜けた。
阿部さんのエネルギーの
源は何だったのか。
私設の保育園を経営する
など、がむしゃらに
働いて6人の子を育て
あげた。そんな母親に、
「ガンバリ主義を
 たたきこまれた」
と語っていた。
(産経抄 産経新聞5/17)
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | お悔やみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする