2019年05月13日

文章では表現できない空海が指導した密教の世界 

'19年5月13日(月)

客人に京都の寺々を案内
する折、司馬遼太郎さんは
大抵、東寺で待ち合わせた。
境内は平安京最古の遺稿で
ある。そこから出発するのが
<京都への礼儀のような>
気がしたからだという
◆羅城門の東、創建から
1200年余り、内には
建築や美術、思想の歴史が
ひしめき、司馬さんですら
<すべてについて書く
 能力など私になく>と
綴った寺だ。
宝物は数限りない。
東京国立博物館で開催中の
特別展で逸品の数々を見た
◆シビれるのが密教独自の
御仏(みほとけ)、明王の
異形である。
像の一つは四面八臂、
武器を種々携えて、異教の
神を踏みつけている。
五眼や六足、虎皮をまとい、
手足に蛇を巻きつけて・・・
といった造形に、
底知れぬ創造の力を思う
◆多くは9世紀、空海の
指導の下で生まれたと
される。密教の教えは
奥深く、文章で伝えきれ
ない。ならばと、
ビジュアルにこそ力を
注いだ弘法大師のしなや
かな発想、企画力に感服
する
◆明王を始め、寺の講堂に
21体もの像を並べ構築した
立体曼荼羅はその極み
だろう。
この度は過去最多の
15体が東遷した。
ほの暗く小宇宙の趣を
漂わせる展示室で時空を
超えた才に満ち足りる。
(編集手帳 讀賣新聞5/12)

空海は中国に留学生として
渡る前から中国語で書き、
また話すことができたらしい。

学んできた密教は
文章では表現できない
ということなので、
まるでスポーツの暗黙知の
ようなものなのか。

暗黙知の伝承は同じ熱意と
才能で継続されなければ、
どこかで消えて、なくなって
しまう。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする