2019年05月02日

人は追い込まれても必死に未来を見つめようとする

'19年5月2日(木)

木々がみずみずしく
若葉をまとい、梢を伸す
季節が来ている
◆万葉集に
<三国山木末(こぬれ)
 住まふむささびの鳥待つ
 ごとく我待ち痩せむ>
という歌がある。
古き時代、梢は「木末」と
表記したらしい。
さらに時をさかのぼると、
梢は「末」と書いたり
「未」と書いたり、どちら
でもよかったという。
末路と未来を、伸びゆく
木々の枝先に同居させたか
のような不思議な漢字の
成り立ちである
◆平成という時代の枝が
末路を迎え、きよう(1日)
令和が始まった。
元号が改まったことで
生活が変わるわけではない
けれど、未来をよきものに
するよう心新たにする
区切りとしましょう
◆じつは末と未の話は
詩人・吉野弘さんの
エッセーからの受け売り
である。こう書いている。
<おそらく人間は、
 どんなに希望のない
 末路に追いこまれても、
 そこになおかつ、未来を
 必死で見ようとするの
 ではないでしょうか>
(青土社『花と木のうた』
 所収「末と未」)
◆平成を振り返るだけでも
多くの方が思い当たろう。
災害などに追いこまれ
ながら、そのたびに必死に
未来を見つめてきた。
そうしてまさに今、みなで
新しい梢の同じ枝先にいる。
(編集手帳 讀賣新聞5/1
 3(総合)面)

posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする