2019年05月26日

判定が伴う競技は判定と真摯に向き合うことが求められる

'19年5月26日(日)

優勝の行方を左右し、
なおかつ栃ノ心の
大関復帰が懸かった大一番。
前に出る朝乃山を、
栃ノ心がすくい投げを
打ちながら、相手の
首根っこを押さえて
ねじ伏せた。
勝利を確信した栃ノ心は
思わず右手でガッツポーズ。
ところが、
西の土俵だまりに座って
いた勝負審判の放駒親方
(元関脇玉乃島)が
物言いをつけた。

およそ6分にも及ぶ
長い協議の後、阿武松
審判長(元関脇益荒雄)は、
栃ノ心の右かかとが
先に出たため、軍配
差し違えで朝乃山の勝ちだ
と説明。思わぬ形で
大関復帰の10勝目を逃した
栃ノ心は何とも言えない
複雑な表情を見せた。

テレビ映像を見る限り、
栃ノ心の足が残っている
ようにも見える。
ただ、審判長によると、
ビデオ室からの説明は
「(足が出たか)
 断定できない」。
両者にとって大事な一番の
勝負判定には長い時間を
要した。
結局、一番近くで見ていた
放駒親方の、栃ノ心の
かかとが土俵の外の砂に
わずかに触れたように
見えたという判断が優先
されたという。
ビデオは参考材料で、
あくまでも重視されるのは
審判の目。
それが大相撲の判定の
大原則だ。

喜びから一転した栃ノ心は、
「勝ったと思った」と
涙を浮かべた。
この逆境をどうはね返すか、
いよいよ大関復帰へ向け、
正念場に立たされた。
(南恭士)
(やぐら太鼓
 讀賣新聞5/25 18(スポーツ)面)


平成29年の
九州場所11日目、白鵬は
中途半端な立ち会いで
嘉風に寄り切られて土が
ついた。
嘉風が勝ち名乗りを受けて
花道を引き揚げる中、
土俵から下りるよう促す
審判を無視して仁王立ち。
八角理事長も
「(力士が)自分で
 決めてはいけない」
といっている。

参考
白鵬はまだ、大鵬にもましてや双葉山には遥かに及ばない
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2019年05月25日

熱中症対策、環境省が男性も日傘を差すよう呼びかける

'19年5月25日(土)

那覇市に
「沖縄日傘愛好会」という
団体がある。
日傘と聞くと女性の夏の
装いをまず浮かべるが、
こんな題目の運動方針を
掲げている。
<「男性の日傘」
 実行11か条>
◆いくつかを引く。
<熱中症予防のため
 日傘を差し紫外線を
 カットしましょう>
<肥満防止のため日傘を
 差して歩きましょう>
<夫婦一緒に日傘を差して
 散策し、夫婦の絆を
 強めましょう>
◆地元の会社社長らが
役員となり「男性諸君へ」
との呼びかけとともに
2006年に設立された。
近ごろ耳にする
「日傘男子」の先輩である
ばかりか、国の役所も
後を追うことになった
◆環境省が熱中症対策に
男性も日傘をと呼びかける
キャンペーンをはじめた。
広く日射が遮られるため
汗の量が帽子より17%減る
とのデータも示している。
日傘は女性のものとする
固定観念を変えられるか
どうかだが、沖縄の先輩方が
言うように適度な運動による
生活習慣病の予防、夫婦の
散歩の楽しみ・・・副次的な
恵みは多くありそうである
◆<鈴の音のかすかに
  ひびく日傘かな>
 (飯田蛇笏)。
この傘の中にいる人は
男女によらず、
「ああ涼しい」と
つぶやいているような。
(編集手帳 讀賣新聞5/24)
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2019年05月24日

後日談が楽しい、高校生を窮地から救った医師の善意

'19年5月24日(金)

「おっ、
 こいつはうっかりだ」。
水戸黄門の
<うっかり八兵衛>の
おなじみのせりふだが、
それが招き寄せるものは
必ずしも悪いことばかり
ではないらしい
◆那覇市の高校生、
崎元颯馬さん(17)と
埼玉の医師、猪野屋博さん
(68)が再会するまでには
うっかりが3回も出てくる。
まずは伯父の告別式のため
与那国島に向かおうとした
崎元さんがうっかり財布を
なくす。
そこには島までの往復の
飛行機代が入っていた
◆空港の駅で頭を抱えて
いたとき、猪野屋さんが
気づく。「どうしたの?」。
訳を聞くと自分の財布を
開けずにはいられなかった。
6万円を手渡す
◆ここから互いの
うっかりが連続する。
出発時間が迫り崎元さんは
慌てた。連絡先を聞き忘れ、
走り出す若者の背中を
見送る猪野屋さんも
しかり――2人はひと月後、
地元紙が載せた記事に
よって再会をはたす。
「だまされたんだ」。
周囲からそう言われていた
猪野屋さんは
「捜してくれて涙が出る
 ほどうれしかった」と
満面の笑みを見せた
◆世の中には嫌になる
ほど汚い面があるにせよ、
善意に生きる人は多い。
それもうっかりすると
忘れがちなことだろう。
(編集手帳 讀賣新聞5/23)


〇沖縄タイムス
沖縄工業高校2年の崎元
颯馬さん(17)が、
帰省直前に財布をなくした
際に飛行機代6万円を
貸してくれた埼玉県の医師・
猪野屋博さん(68)
と21日、同校で再会した。
猪野屋さんは、颯馬さんを
見るなり「久しぶりだな」
と自ら手を差し出して
握手し、うれしそうに顔を
ほころばせた。

「あの時は本当に
 ありがとうございました。
 おかげで伯父の葬儀に
 出られました」と頭を
下げた颯馬さん。
猪野屋さんの笑顔を見ると
ほっとした様子で、感謝の
言葉を伝え、封筒に入れた
お金を無事返金した。

颯馬さんは4月24日、
伯父の葬儀のため実家の
与那国島へ帰ろうとして
いたが、モノレールで
那覇空港駅に着いた際、
財布がないことに気付いた。
途方に暮れていたところ、
猪野屋さんが声を掛け、
飛行機代を貸してくれた。

猪野屋さんは
「言葉少なで困った様子の
 彼を見て、詐欺師では
 ないだろうと思った」と
振り返る。でも
「貸したお金は
 返ってこないと思って
 いた。埼玉に戻った後、
 友人たちには
 『だまされたんだよ』と
 言われた」と苦笑いする。
 
今月10日、
ウェブニュースで
颯馬さんの記事を見た時は、
涙が出るほど感動したと
いう。
「人に裏切られることも
 多い時代に、お互いを
 大切に思ったからこそ
 再び会うことができた。
 これからも、相手を
 思う気持ちを大切にして
 ほしい」と話した。

「自分も困っている人の
 話に耳を傾けられる大人に
 なりたい」と颯馬さん。
「感謝の気持ちが伝われば」
と授業で習った技術を生かし、
猪野屋さんと颯馬さんの
名前に「感謝」の文字を
刻んだ自作の文鎮も
プレゼントした。

猪野屋さんの来県に
合わせて与那国島から
駆け付けた父の恒男さん
(48)は、与那国花織の
名刺入れや、実家が経営
する崎元酒造の古酒を
贈った。

すると、猪野屋さんからも
サプライズで颯馬さんに
贈り物が渡された。
包みを開けると、中には
二つ折りの財布。
颯馬さんは
「もうなくしません」と
集まった報道陣を前に宣言し、
猪野屋さんを笑わせた。
(沖縄タイムス5/21 18:31)

なお、別の記事によると
紛失した財布は見つかった
そうである。また、猪野屋
医師は那覇市出身だそうで
ある。
なぜ、埼玉県在住の医師が
頻繁に那覇市に顔を出すのか
合点されましたか。


財布を落とし、その都度
見つかってはいるが、
財布の紛失癖のあるこの
ブログ管理人からすれば、
この話は人ごとではない。
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2019年05月23日

土俵の怪我は休まずに土俵で治せ、と初代横綱若乃花 

'19年5月23日(木)

昭和の大横綱、
初代の若乃花に名言がある。
<土俵のけが土俵の砂で
 治していくんですよ。
 けがをするたびに
 休んでいたんでは
 勝負師にはなれません>
◆砂にすべてが込められて
いる。土俵に転がり、
肩や背中にへばりつく
砂が真に強い力士を育てて
いく――。
大相撲の三月場所を思い
出す。大関の地位に
ありながら砂にまみれた
力士がいる。栃ノ心である
◆右ひざの故障で力が入ら
ないのか、突き落とされ
たり、寄り切られたりで
負け越し、大関の座から
陥落した。ところが関脇
として臨んだ五月場所では
連日、体がよく動いて
元気な相撲を見せている
◆きのう(21日)も
御嶽海をぐいぐいと
寄り切り、9勝1敗。
大関復帰の条件10勝が
現実味を帯びてきた。
再昇進できれば2005年の
栃東以来となる。
その地位を失った力士の
ほとんどが越えられ
なかった急峻な崖を
登り切ろうとしている
◆ひざの痛みとの
付き合いは長い。
一時は幕下55枚目まで
落ち、そこから大関へ。
そして今また若乃花の
遺訓を体現するかのように
砂だらけの体で大関取りを
めざす。この復活力に
ときめく相撲ファンは多い
ことだろう。あと一番。
(編集手帳 讀賣新聞5/22)

体重を増やせば、前に出る
圧力となって、
相撲に有利な材料となる
だろう。しかし、
叩かれたり、いなされたり、
投げを打たれたりすれば、
崩れた体勢を立て直すことが
難しくなる。

怪我をしにくい体は
相撲の取りやすい体であり、
稽古のしやすい体だと思う。
体重のある力士にとって
ひざの怪我はひざを
庇いながら相撲を取る
ことになり、相撲人生の
致命傷になりかねない。

ひざの怪我はあったが、
踏み止まることができた
栃ノ心の引き締まった体は
動きやすく、相撲に
ふさわしい体のような
気がする。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月22日

災害大国日本、経験に頼らない判断が求められる

'19年5月22日(水)

船が島に着くと、雨だった。
男が飛び降りると、現地の
農林職員が説明する。
「ひと月に35日は雨という
 ぐらいですからね」。
屋久島の雨の多さを
有名にした林芙美子
『浮雲』の一節である
◆編集者らと島を訪れた
芙美子は紀行文も書いて
いる。
<山々は硯を突き立てた
 ようにそそり立ち、
 陽のぐあいで
 赤く見えたり、紫色に
 見えたり・・・私達は
 見とれた>。
その明媚な山に茂る
縄文杉をめざした人たちだ
という
◆先週末、登山者314人が
大雨による土砂崩れのため
山中に取り残された。
全員下山できたとはいう
ものの、救出のもように
肝が冷える
◆自衛隊が濁流の上に
かけた仮設の橋を渡ったり、
ロープを伝ったりしながら
命からがら下りてきた。
大雨警報が出ると入山は
取りやめになるが、発表は
18日午後3時25分だった。
早朝に出発するツアーには
とうてい間に合わない。
気象庁によると、今回もまた
近年ひどい爪痕を各地に残す
「50年に1度の大雨」という
◆その季節が来たかと
実感する。
避難するかどうかなど
経験にとらわれない判断が
必要だろう。
雨に親しむ「月35日」の
土地でも、対処に
ままならぬほどだから。
(編集手帳 讀賣新聞5/21)

雨の季節を前に、
市から「防災マップ」が
配られた。
わが家は道路を挟んだ
小学校が避難先になって
いる。

ところでその道路の補修は、
いつもアスファルトの
上塗りで厚化粧になって、
道路がわが家の庭より高く
なった。
年に何回かの大雨のときは
川になった道路から
わが家へ海辺の砂浜のように
波が押し寄せた。

退職を期に、浸水により
痛んだ家を、宅地を70aほど
かさ上げして建て替えたので、
避難先の小学校の校庭よりも
高い土地になった。

それでも避難先は小学校である。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする