2019年03月25日

努力をしないと、実績は残せない、イチローが手本

'19年3月25日(月)

イチロー選手が渡米から
11シーズン余り在籍した
マリナーズを去り、
ヤンキースへ移籍したのは
2012年夏だった。
10年連続200安打の記録を
残した球団の顔が定位置の
約束もない名門になぜ渡る
のか。米球界の七不思議
として語られもした
▼当時のスポーツ紙に
載った、ヤンキースの
ジラルディ監督の言葉が
ある。
「彼はまだ野球を
 やり切っていない。
 勝利に飢えている」。
イチロー選手が入団した
01年を最後に、
マリナーズは地区優勝も
ない。振るわぬチームの
中で、打の妙技は孤影を
深めてさえいた
▼笛吹けど周りは踊らず、
引退会見で口にした
「孤独」は、外国人扱い
される疎外感だけでは
なかったろう。
むしろ常勝を課された
ヤンキースで味わう
「クビになるんじゃないか」
という危機感は、飢えた
イチロー選手にとって
本懐を果たす経験だった
かもしれない
▼打撃の名手は、人の胸を
打つ名手でもあった。
日米通算4000安打を放った
6年前の言葉が印象に深い。
「4000のヒットを打つには、
 8000回以上悔しい思いを
 している」。
3割の成功ではなく、
7割近い凡退。積み重ねた
失敗の山にこそ誇りが
ある、と
▼東京ドームで飾る花道を、
イチロー選手は「ギフト」
と喜んだ。
「地道に進むしかない。
 後退もしながら」
「遠回りしないと本当の
 自分には出会えない」。
磨き抜かれた言葉が並んだ
約1時間半の引退会見は
「イチロー」を目指す
子供たちへの至高のギフト
だろう
▼卓抜の技とスピードに
裏打ちされた攻走守で、
力重視のベースボールに
風を吹き込んだ功績には、
改めて触れるまでもない。
答えには近道はなく、
登る山坂の険しさには
天才も非才もない。
当たり前だが大切なことを、
希代の好打者は教えて
くれた。
(産経抄 産経新聞3/24)
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする