2019年03月20日

戦う相手に最善を尽くさせよ、新渡戸稲造の礼節

'19年3月20日(水)

敵と言えば、「匹敵」などの
言葉もあるように、同等の
者の間に起こる関係である。
したがって、争うからには、
同等の事情のもとに争わね
ばならない。
人の虚に乗じ、人の弱点を
狙うのは卑怯のいたりで
ある。

私は敵と争うならば、
相手にできるだけ最善
(ベスト)をつくさせて
から、争うようにしたい。
たとえば人と議論をする
ならば、敵の言葉尻を
とらえるとか、揚げ足を
とるとかというような
こをせずに、相手の思う
ところは充分にこれを述べ
させ、そののち正々堂々と
自分の主張を発表し、
攻めるべきことは攻める
べきであると思う。
このように相手に譲って
争うのが、敵に対する礼節
であると思う。

英国人モーリスは人格の
英邁な人であった。
氏は人と議論するにも、
なるべく敵に花をもたせる
ように努めた。
だから何事かを論ずるときは、
反対論に充分に色をつけて
述べるから、自説よりも
かえって立派に見える。
聞く者は反対論のほうを
よいように思うが、
「あれだけ反対論を立派に
 紹介する度量をもった人の
 意見であるから、あの人の
 説に同意する」
と言う人が多かったという。
これなどは、議論に負けても
人格の力で勝ったのである。

戦いでもまたそうである。
今日はどうであるか知らない
けれども、昔の武士道による
戦いは正々堂々たるもので
あった。ことに私が最も
感服するのは、
四方田(よもた)但馬守と
加藤清正との戦いである。

ふたりが尼ヶ崎で相戦った
とき、清正の刀が中ほど
からはっしと折れ、
四方田が斬り込めば
清正は尼ヶ崎の露と消える
ところであった。
しかし四方田は、折れた
刀の人を討つのは武士の
情けにあらずと思い、
清正の申し出に応じて
組み討ちをした。

もみつもまれつしたが、
清正の力が優れていたので、
ついに四方田を組み敷き、
短刀一閃、敵の喉に
突きつけようとしたが、
清正も武士の情けを知る
人間である。
自分の刀が折れたとき
情けの猶予をくれた人を
殺すには忍びない。
そこで四方田を助け起こし、
いずれ重ねて晴れの勝負を
しようと約束し、互いに
彼のためなら命もいらぬ
と思いながら別れたという。

敵同士として争うならば
こうありたい。
正々堂々としたい。
卑怯な振舞いをして
勝ったとしても、それでは
誇りとはならない。

近頃の新聞雑誌には
人物の評論が多く掲げられ
ている。そしてその評論は
匿名または無名の人が多い。
これらの評論は人物をほめ、
または謗(そし)るにしても、
はなはだしく礼節を欠くもの
である。
人がその説を紙上に掲げて
公表する以上は、善悪ともに
自分がその言責を負うべき
である。
匿名のもとに隠れて
責任を免れようとするのは
卑怯である。
しかも不思議なことには、
匿名者のうちには立派な
人と称されている者さえ
いる。
私は、敵にせよ味方にせよ、
これはあまりに無礼な
振舞いと思う。

昔の武士は名を名乗らずに
闇討ちすることや、後ろ
から斬りつけることを、
最も卑怯として恥じ、かつ
排斥したものである。
匿名で人を評論するのは、
闇討ちや後ろから斬るのと
同じである。
たとえその議論はあくまで
公平なものだとしても、
何がためにするところ
あっての所説と思われ、
少しも重きを置くことが
できない。

私は、このような卑怯な
ことをしたくない。
敵に最善の力を用いて
立派に戦わせるだけの
雅量を備えて戦いたい。
敵に対する礼節とは
このようなものである。
(新渡戸稲造 世渡りの道改題
 自分をもっと深く掘れ!
 三笠書房知的生きかた文庫)

posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする