2018年10月13日

能力はしつけと共に末代までも受け継がれる

'18年10月13日(土)
[佐々淳行] ブログ村キーワード

先祖の話ができる人は
うらやましい。
10日、87歳で亡くなった
初代内閣安全保障室長の
佐々淳行(さっさ・あつゆき)
さんのルーツをたどると、
織田信長の下で数々の
戦功を挙げた佐々成政に
行き着く。
後に豊臣秀吉によって
切腹に追い込まれる
悲劇の武将である
▼司馬遼太郎の
『翔ぶが如く』にも
登場する友房は、
祖父に当たる。
西南戦争で
西郷隆盛側につき、
奮戦した。
重傷を負って
監獄に収監されるも
やがて許され、
国会議員として活躍する。
佐々さんは、
そんな武人の血筋に
導かれるように
警察官僚への道を選んだ
▼当時は、
日米安保をめぐる
過激派闘争のまっただ中
である。
東大安田講堂事件から
あさま山荘事件まで、
数々の血みどろの現場で
指揮を執りながら、
先祖の戦いぶりに
思いをはせたという。
過酷な体験を重ねるうちに、
独自の交渉術や
情報伝達術を編み出して
いく。
それらを集約した言葉として
生み出したのが、
「危機管理」だった。
戦後の日本社会から
すっぽり抜け落ちていた、
概念でもある。
▼退官後は、取材や講演に
引っ張りだこだった。
ボランティア活動にも
精を出す。
多忙のなか、もう一つの
才能の花を大きく咲かせた。
小欄が最初に手にした
著作は、
『目黒警察署物語』だった。
エリート官僚らしからぬ
軽妙な筆の運びに、
脱帽したものだ。
▼それも家系を見直すと
驚くに当たらない。
祖父、友房は、詩人でも
あった。
父親の弘雄氏は、
学者から朝日新聞に入り、
後に政治家になった。
終戦の8月15日に書いた
朝日の社説
「一億相哭(そうこく)
 秋(とき)」は、
名論説として名高い
▼「わが人生に悔いなし」。
佐々さんが、平成19年に
「正論大賞」を
受賞したときのコメント
である。
武人としても文人としても
人生を全うしたのだから、
当然であろう。
(産経抄 産経ニュース10/12 05:00)

参考
佐々淳行
(1930/12/11 – 2018/10/10)
警察・防衛官僚。
危機管理評論家。
熊本県出身の政治学者で、
後に参議院議員を務めた
佐々弘雄の次男として、
東京市麻布区
(現・東京都港区)に
生まれる。
戦国武将・佐々成政の
末裔の家系でもある。
6歳のとき自宅近くで
二・二六事件が発生。
その戒厳下の体験が
危機管理人生の出発点と
なったという。
旧制成蹊高等学校を経て、
1954年(昭和29年)に
東京大学法学部政治学科を
卒業(Wikipedia)
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする