2018年09月08日

機能性だけを追求すると安全性が想定外になる

'18年9月8日(土)
[厚真町] ブログ村キーワード

明治維新後、蝦夷地は
北海道と命名された。
それから150年目に当たる
今年、道内各地で記念事業が
行われてきた。
名付け親となったのが、
幕末の探検家、松浦武四郎
である
▼6度にわたり、道内から
千島、樺太(現サハリン)を
調査して、日誌、紀行類など
186巻を残した。
安政5(1858)年には、
現在の苫小牧市から
厚真町(あつまちょう)
入り、アイヌ民族の村で
2泊している。現在は
「町の犬」に指定されている
厚真犬を、狩猟犬として
大変優れている、と日誌に
書き残していた
▼日本列島を縦断した台風は
各地に大きな爪痕を残した。
追い打ちをかけるように
6日未明、北海道で
最大震度7の地震が発生した。
震源に近い厚真町は大規模な
土砂崩れに見舞われ、
住宅が倒壊、住民が閉じ込め
られた。
山々の緑は引きはがされ、
無残な姿をさらしている。
台風による大雨で、地盤が
緩んでいたようだ
▼火力発電所の緊急停止は、
道内すべての約295万戸が
停電するという異常な状況を
招いた。
新幹線を含めた鉄道が
運転を見合わせ、
新千歳空港は閉鎖、
道路も各地で寸断されて
いる
▼住民にとって
何よりの気がかりは、
テレビや電源が切れた
スマートフォンから情報が
入手できなくなる事態で
あろう。
停電が、どれほどの苦痛と
不便をもたらすのか。
台風による浸水のために
関西国際空港に取り残された
利用客がいやというほど
味わったばかりである。
クーラーは利かず、家族とも
連絡が取れなくなった
▼厚真町にある、武四郎の
碑には、滞在中に詠んだ歌が
刻まれている。
<えみしらも 志らぬ深山に
 分けいれば ふみまようべき 
 道だにもなし>。
道なき道をさまよっていた
武四郎の心細さを
平成の終わりになって、
強いられるとは…。
(産経抄 産経ニュース9/7 05:00)

関空は高波に襲われて
浸水し、そのうえ、
連絡橋がタンカーの衝突で
壊され、さらに強風による
広範囲の停電が加わって
その機能を失った。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする