2018年08月26日

戦争は見合った保障のない無謀な行為

'18年8月26日(日)
[在日] ブログ村キーワード

残暑の厳しい折、
季節は正反対の歌の話から。
<雪よ岩よ
 われらが宿り−−>の
「雪山賛歌」である。
アメリカの民謡
「いとしの
 クレメンタイン」が
元の歌だ。
日本が戦争に負けた
1945年8月の終わり、
この歌の記憶が不意に
よみがえった人がいた
▲「在日」として日本語で
詩を書いてきた
奈良県在住の詩人、
金時鐘(キムシジョン)さん。
日本に植民地支配された
朝鮮半島で生まれ、
学校では日本語の使用を
強制された。
敗戦からほどなくして
思い出したのは、幼いころ、
港で釣り糸を垂れる
父の膝で一緒に朝鮮語で
歌った
「いとしの
 クレメンタイン」だ
▲<ネサランア ネサランア
 (おお愛よ、愛よ)
  ナエサラン クレメンタイン
 (わがいとしの 
  クレメンタインよ)>。
日本の勝利を信じる
「皇国少年」だった。
敗戦直後は涙に暮れて
海辺で「海行かば」を
口ずさんだ。
だが、父の歌が
「私に朝鮮を
 よみがえらせた」
(著書
 「『在日』のはざまで」)
という
▲母国語を奪われた
朝鮮の人々は
日本の支配からの解放を
どれほど喜んだこと
だろう。しかし
故国は米ソの対立によって
南北に分断される。
日本でも、
同じ朝鮮人なのに南か
北かで対立を強いられた
▲南北は融和に向けて
動き出そうとしている。
半島の非核化の進展に
日本から注目が集まるのも
当然だ。
だが金さんのように
半島の悲劇の歴史に翻弄
された在日コリアンが
いることも忘れずにいたい
▲夏が過ぎれば父の命日が
訪れる。この時期、金さんは
「(心の)うずきがぶり返す」
と記している。
(余禄 毎日新聞8/25)

誇り高き朝鮮民族は
日本が主張する日韓併合を
日本による植民地化と捉える。
終戦を軍人として迎えた
従兄は現地で
「お前たちに虐められた
 35年の仕返しをする」
と言われたという。
1910年の日韓併合から
1945年の終戦までの
時間経過が35年である。

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2018年08月25日

存在感を示し続けた名脇役、女優菅井きん逝く

'18年8月25日(土)
[菅井きん] ブログ村キーワード

結婚前の本名は
「須斎キミ子」といった。
初舞台を踏もうとしたとき、
劇団の主宰者が
芸名を考えてくれた。
きみは「菅井きん」だと
◆姓名のもじりとはいえ
ショックだった。
自伝に記している。
<花も恥じらうとは
 いわないまでも、
 二十一歳になったばかりの
 女優の卵です。ひどい>
(『わき役ふけ役いびり役』
 主婦と生活社)。
だが、先生がせっかく
つけてくださったのだから
と受け入れた。
素顔は謙虚でおとなしい
人であったらしい
◆『必殺仕事人』の
いじわるな
(しゅうとめ)役で
おなじみの女優、
菅井きんが92歳で
亡くなった。。
きのう(23日)流れた
訃報に、「ムコ殿!」と
つぶやいてみた方も
おいでかもしれない
◆名脇役の勲章だろう。
出演歴の多さに驚く。
コミカルな演技で
助演女優賞を受けた映画
『お葬式』をはじめ、
ジーパン刑事(松田優作)の
母親として
『太陽にほえろ!』にも
何回か出演している。
ジーパン刑事の殉職で
母は泣くことになるが、
私生活は幸せであった
様子が先の著書に
つづられている
◆夫との間に
娘をもうけ、やがて嫁ぎ、
孫に恵まれ・・・
<ムコ殿は気はやさしくて
 力持ち>と書いた部分も
ある。
(編集手帳 讀賣新聞8/24)

菅井きんさん死去(記事)

若い頃から老け役を
多く演じ、黒沢昭監督
「生きる」など
多数の映画、テレビドラマで
活躍。
「必殺」シリーズでは、
藤田まことさんが演じた
娘婿を「ムコ殿!」と
いびる姑役で人気を集めた。
同シリーズで共演した
三田村邦彦さんは
「年齢不詳でお洒落で
 ハイカラ。
 『実年齢より上の役しか
  こないのよ』と
 おっしゃっていたのが
 忘れられません」
としのんだ。

1984年の伊丹十三監督
「お葬式」などで、
日本アカデミー賞最優秀
助演女優賞を獲得。
共演した女優の
宮本信子さんは
「二人でお通夜のシーンで
 踊った
 『東京だョおっ母さん』は
 忘れられません。
 最後の喪主のごあいさつの
 シーンは最高でした」との
コメントを出した。

2010年のNHKの大河ドラマ
「龍馬伝」に出演した後、
大腿骨を骨折し、リハビリに
励んでいた。
(讀賣新聞8/24 
 34(社会)面抜粋)

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2018年08月24日

北海道が危ない、中国の実効支配の手が北からも

'18年8月24日(金)
[北海道] ブログ村キーワード


北海道の道央地区で
農業生産法人としてコメを
つくる中年夫婦から連絡が
入った。
「中国資本が近くで
 農地を買っている。 
 だれも実態がつかめて
 いない」というのだ。

夫婦の農業生産法人は
平成23年春、約30fの
農地を買った。
売買交渉が始まった
前年の22年9月ごろに
中国資本も手を挙げ、競合
したという。
周囲を山に囲まれた農地は
豊かな雪解け水も流れ、
農業には最適な場所だった。

「中国資本もよほど
 欲しかったのでしょう。
 相当高い値段を付けて
 きたようですが、
 何とか手に入れることが
 できました」

中国資本によって
買収されるケースは確実に
増えているが、地元住民も
気づかず、買収先が
中国資本だったと判明する
のはしばらく後になって
からだという。

「2、3年前に知り合いの
 農家の近くで
 5fぐらいのタマネギ畑が
 何者かに買収されました。
 中国資本が買ったと
 わかったのは何日も
 たってからでした」
この夫婦はさらに、付近で
中国人の居住者が増えて
いるとも言った。

「この3年くらいで
 中国人の数が突然増えてきた。
 スーパーなどで肉や魚、
 野菜などの食材を購入する
 姿をよく見かける。
 長期滞在か住み着いている
 のではないかと思う」
知り合いのケースとして
こんなことも口にした。

「これも2、3年前に
 道東の知り合いから
 聞いた話です。
 中国人女性をお嫁さんに
 迎える町の婚活イベントで
 縁談が決まったのですが、
 しばらくしてお嫁さんの
 親族たちが大勢移り住んで
 きた。
 『嫁取り』のはずが逆に
 家を乗っ取られた格好で、
 おばあちゃんがこんな
 はずじゃなかったと
 泣いていたというのです」

夫婦は農地買収の実態が
分からないことや
中国人居住者の増加に
戸惑いを隠せない様子
だった。
「中国人の動きを農協に
 聞いても『知らない』
 『分からない』という
 ばかり。すべての
 中国人を否定するわけ
 ではないが、
 今のままだと本当に
 中国人たちに
 乗っ取られかねない」
とこぼした。

北海道庁によると、
29年に外国資本に買収
された森林は39件で
51.9fあった。
国別件数では
中国(香港を含む)に
よるものが最も多く
17件(15.7f)。
次いで多かったのが
台湾の5件(10f)
だった。
外国法人の子会社など
資本の50%以上を
外国資本が占める
日本法人による買収は
18件(67.9f)。
国別ではやはり中国が
11件(23.8f)と
トップだった。
18年から29年12月末
現在までの累計面積を
みると、34市町村で
計2495fに及んでいる。
実に東京ドーム531個分に
匹敵する面積だ。

中国資本による農地や
山林などの買収が増加の
一途をたどるなか、
歯止めをかけようと立ち
上がったのが
サホロリゾートを抱える
新得(しんとく)町だ。

サホロリゾートでは
中国資本による
宿泊施設の買収が行われ、
注目を集めた。
危機感を覚えた町は
30年3月に
狩勝(かりかち)牧場が
閉鎖されると、
敷地約370fを2億円で
買い上げたのだ。

町の産業課によると、
農地の分散化や海外資本に
よる林地の買収に懸念を
持ったのが買い上げの
理由だ。

町が農地を買い取って
貸し付け、適切な
時期に適切と判断
された相手に売り払う
「町農地利用集積円滑化
 事業」を活用。
農地(132f)は
4月から酪農の新規参入者や
後継者育成を目的にする
研修農場
「シントクアユミルク」に
貸し付けた。
林地(184f)は町有林
として町が管理を行い、
牧場内の建物は町で管理し、
農協などと活用方法を協議
していくという。

浜田正利町長は、
外国資本が国内の
不動産を自由に買収
することに危機感を
持つ一人だ。
浜田氏は28年に行った
インタビューで
「日本を守るという意味で、
 道内の不動産取引に
 対していろいろな制限は
 必要だと思う。
 特に土地に関しては
 国で制限を設けないと、
 地方自治体でやれと
 言っても無理な話だ。
 グローバル化といっても
 越えてはならない一線は
 ある」と述べていた。

町の産業課では
「第1次産業に必要な
 地元の土地は地元の
 住民が所有すべきだと
 いう考えに基づいている。
 高齢などの理由で管理
 できない山林は町が
 買い取り町有林として
 管理する。これからも
 農地や山林については
 町が買い取る方向で
 対応する」と断言、
国土を守る姿勢を強調した。
(編集委員 宮本雅史)
(産経ニュース8/22 20:21)
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2018年08月23日

昔、どないなってんねん、大阪!と横山やすしさん

'18年8月23日(木)
[清潔] ブログ村キーワード

大阪の町は昔、
外国から訪れた人が
驚くほどにきれいだった
らしい。ロシア人宣教師
ニコライが、
明治期の1882年6月
1日付の日記に書き留めて
いる
◆<大阪で思わず
  注意をひかれるのは、
  町の清潔さだ。
  この町はめったにない
  ほど清潔に保たれている。
  どの通りも掃除が
  ゆきとどいており、
  まるでよく手入れされた
  大庭園の並木道のようだ>
(岩波文庫『ニコライの日記』
 上巻、中村健之介編訳)
◆英エコノミスト誌の
調査部門が毎年発表している
「世界で最も住みやすい都市」で、
今年は日本の都市が3位へと
躍進した。大阪である
◆治安や交通、教育、医療
などを
採点した結果だという。
ちなみにウィーン
(オーストリア)が
1位で東京は7位。
先の行で思わず「躍進」と
書いたが、ニコライ師に
言わせれば、美しい大阪に
「回帰」したということ
かもしれない
◆かつて大きな話題になった
公共広告を思い出す。
犯罪の多さに漫才師の
横山やすしを起用し
<どないなってんねん、
 大阪!>と呼びかけた。
日本一を続けた
「ひったくり」にしても、
数はかなり減ったと聞く。
どないかなったん、です
かね。
(編集手帳 讀賣新聞8/22)
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2018年08月22日

大阪桐蔭、真紅の大優勝旗の白河越えを阻む

'18年8月22日(水)
[金足農] ブログ村キーワード

東北勢はなぜ甲子園で優勝
できないか? 
そんなテーマを検証しようと、
38年前、仙台市の出版社が
『深紅の大優勝旗が
 白河の関を越えるとき』
という本を出した。
東北の野球人、プロ野球、
政財界関係者ら約160人に
取材。多くが
「東北勢は5年で優勝できる」
と答えた
▼その中で1971年夏に
準優勝した福島・磐城の投手を
務めた田村隆寿さんの談話が
ある。桐蔭学園(神奈川)に
唯一の失投を痛打され、
0−1で惜敗した決勝を振り返り、
「1球で負けたのではない。
 その前の過程にそれなりの
 ことがあって狙い球を
 絞られた」と敗因を分析した
▼東北悲願の全国制覇に挑んだ
秋田・金足農の敗因は何だったか。
大阪桐蔭(北大阪)との決勝。
秋田大会から
1人で投げ抜いてきた大黒柱の
吉田輝星投手が力尽き、大敗を
喫した。吉田投手に連投の疲れ
さえなければと悔やまれる
▼それでも、数々の劇的な
ドラマを生んだ「雑草軍団」の
勇姿は全国のファンの心を
つかんだ。ユニホームを
泥だらけにし、最後まで
粘り強く戦う。まさに
東北らしいチームだった
▼深紅の大優勝旗の
「白河の関越え」はまたも
お預けになった。しかし
金足農の躍進は東北の
高校野球界に希望と勇気を
与えた。楽しみは来年以降に
取っておこう。チャンスは
きっと訪れる。
(河北春秋 河北新報8/22)
posted by (雑)学者 at 09:27| 千葉 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする