2017年08月08日

戦争だと、やっていいこと悪いことの判断をしなくなる

‘17年8月8日(火)
[広島] ブログ村キーワード

往年の名スプリンター
吉岡隆徳はただ一度、
「駆け足」を悔いたことが
ある。
広島高等師範学校の
教授時代という。
学生を連れて郊外の工廠に
詰めていた朝、原爆は
落とされた。
市内に残す家族のもとへ、
酸鼻を極めた地獄絵図の
中を吉岡は走る

▼道すがら助けを呼ぶ声が
した。
<これらの人々を
 踏み越えるようにして
 我が家へ急いだ>と自著
『わが人生一直線』に
書き留めている。
未曽有の惨禍を前に、
非を鳴らされるいわれは
あるまい。
悔恨にさいなまれた吉岡は
しかし、戦後まもなく
教授職を辞している

▼1932年ロサンゼルス
五輪の陸上男子100bで
6位入賞し、「暁の超特急」
と呼ばれた人の終生癒え
なかった傷という。
「教育も理性も
 一発の原爆であとかたも
 なく吹っ飛んでしまう」。
人の尊厳を一瞬で焼き尽く
した閃光の罪深さを、
誰もが思う季節だろう

▼遠いロンドンでは、
日本の若いスプリンター
たちが世界陸上選手権の
トラックを駆けている。
わずか10秒に人生を懸ける
選手たちの輝きもまた、
同じ地上の光である。
武器も取らず、誰をあやめる
こともなく争うすべを、
人類は太古の昔から知って
いたというのに

▼わが国に弾頭を向け、
核開発への道をひた走る
愚かな独裁者が、
狭い海を隔てた向こう岸に
いる。
「核の傘」をかざす米国
では、日本独自の核抑止力が
論じられる時代にもなった。
核の脅威がこれまでになく
現実味を帯びる中で迎えた、
72回目の「原爆忌」である。

▼惨禍の光を再び許しては
なるまい。
広島・平和公園の歌碑には
こう刻まれている。
<まがつびよ/
 ふたたびここに/
 くるなかれ/
 平和をいのる/
 人のみぞここは>。
災厄の神よ、ここには
二度と来るな。
湯川秀樹博士の詠んだ、
痛切な願いである。
(産経抄 産経ニュース8/6 05:03)

空襲をしたり、原爆を
落としたり、化学兵器を
使ったり。
戦争は人道上のことを
一切考えない。

参考
 まがつひ(禍霊)
  災害・凶事を起こす霊力
  (広辞苑)
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする