2017年05月08日

ゆっくりすると、ものごとが違って見えてくる

'17年5月8日(月)
[城崎] ブログ村キーワード

生きている事と
死んで了っている事と、
それは両極ではなかった

 志賀直哉「城の崎にて」
 (1917年)


城崎ならではの静けさが
ある。
兵庫県豊岡市にある
この温泉町では、夕暮れ時に
なると、中心を流れる
大谿(おおたに)川沿いの
商店が明かりを落とす。
営業中の居酒屋からは、
のれんをくぐって初めて
客の気配が伝わってくる。
木造旅館が並ぶ通りに、
再び浴衣姿の温泉客が
下駄の音を響かせ、商店に
明かりがともり始めるのは
午後8時前後だ。

老舗旅館三木屋10代目の
片岡大介さん(35)は
「城崎は町全体で1軒の
 宿なんです」と話す。
1909年開通の駅は
温泉客を迎える「玄関」、
旅館や商店をつなぐ通りは
「廊下」、外湯は「風呂」だ。
ほとんどの客が「部屋」
(旅館)で夕食をとる時間帯、
町は息を潜める。
「1軒の宿」は小さな旅館や
商店が寄り合う城崎
ならではの共存共栄策だ。
客を囲い込まず、
それぞれにもてなす。
こうして支え合うことで、
静けさに包まれ、情緒ある
町並みは保たれてきた。

志賀直哉は13年10月、
この地を訪れた。
山手線にはねられ、
後養生(あとようじょう)
三木屋に約3週間滞在する。
「城の崎にて」は
この間の出来事を描いた。
蜂や鼠、投げた石が当たり
「その気が全くないのに
 殺して了った」蠑螈
 (いもり)の死を見つめ、
「自分は偶然に死ななかった。
 蠑螈は偶然に死んだ」と
考える。
偶然が生死を分ける現実に
「生きている事と死んで
 了っている事と、
 それは両極ではなかった」
との死生観に至る。

城崎来訪から作品発表までは
3年半を要した。
その後は長年の父との不和が
氷解し、「和解」を一気に
書き上げる。
志賀に師事した作家の
阿川弘之は、当時の志賀の
心境に微妙な変化が生じて
いたとみる。
著書「志賀直哉」には
「城崎や大山(だいせん)
 赤城では鳥獣虫魚と
 したしみ、それらすべてに、
 苛立つ神経を鎮められて
 来た」
「気持ちの上の希求として、
 相剋より調和が望ましく
 なっていた」と記している。

「城崎町史」は10回を超す
志賀の来訪歴を記録する。
22年10月に訪れた志賀は
日記に「静かにて気持ちよし」
と書き残している。
城崎の静けさは、志賀の心に
深く刻み込まれていたの
だろう。
人生の転機に至る、思索を
深めた静けさとして。
(文・渡辺嘉久 名言巡礼
 讀賣新聞5/7日曜版1面)


生と死は両極ではないとは
読みかえれば、紙一重と
いうことになる。

新聞広告に参加者募集の
旅行企画が載っていた。
6月の城崎温泉と丹後半島
3日間の旅は東京発で
7万円弱と中段にあった。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする