2017年05月07日

物騒な世情を生きるには忍者の危機管理術を真似るべし

'17年5月7日(日)
[忍者] ブログ村キーワード

黒装束を身にまとい、敵の
屋敷に忍び込む。万一
見つかっても、手裏剣で
応戦し、忍術を使って姿を
消し去る。
忍者は、歴史小説や映画、
アニメなどで活躍してきた。
海外でも、「Ninja」は
大いにもてはやされている

▼忍者は果たして、
実在していたのだろうか。
山田雄司(ゆうじ)三重大
教授によると、歴史的には
「忍び」と呼ばれる。
史料の上で
存在が確認できるのは
南北朝時代からだ。
戦国時代の忍びは、
各地の大名に召し抱え
られて、
敵方の情報収集に励んだ

▼本能寺の変の後、
徳川家康が、伊賀・甲賀の
地を抜けて本拠地の岡崎に
逃れる際、地元の忍びが
手助けした。
これが、伊賀者甲賀者が
取り立てられるきっかけと
なった(『忍者の歴史』)
もっとも忍者の本格的な
研究は、数年前から
始まったばかりである

▼その意味で、滋賀県
甲賀市に住む渡辺俊経
(としのぶ)さん(79)宅で
見つかった江戸時代の
古文書は、甲賀忍者の
実態を伝える貴重な史料と
いえる。
渡辺さんの先祖は、
普段は農民だったが、
尾張藩に仕える
「御忍(おしのび)役人」
でもあった。
いわば在宅・非常勤の忍者
である

▼「有事にはすぐ
 駆けつける」
「父子兄弟にも話さない」。
藩に提出した
誓約書の写しが見つかって
いる。たいまつのたき方や
毒薬の配合などを記した
忍術書もあった。
甲賀市では、文書に解説を
添えて、今月中にも刊行する。
先月末には、
「忍びの里 伊賀・甲賀」が、
文化庁により
「日本遺産」に選定された
ばかりである

▼日本独自の「クール」な
文化として、
忍者のブームをさらに
大きくするチャンスに
したい。
同時に平成の日本人は、
忍者の危機管理術を見習う
べきである。彼らは
長く平和が続いた
江戸時代にあっても、
有事への備えを片時も怠ら
なかった。
(産経抄 産経ニュース5/5 5:03)

6日(土曜日)、
9時直後に、郵便局の
ATMに閉じ込められた。
「引き出し」を終えて
出ようとしたら、ドアが
開かない。

次の人がドアの前に立つと
ドアが開いて、入れ違いに
外に出られた。
その人には、前に立って
外に出てもらった。

そのまま知らないふりを
するのでは、義理を
欠くことになるし、
防犯カメラにも一部始終が
映っているだろうと
郵便局長に電話をしたが、
一向に出ない。

隣に住む、長女の婿に
訳を言って、
つき合ってもらったら、
正常な状態になっていて、
出るときも普通にドアが
開いた。

身近で、便利な機械にも
危機管理上のノウハウが
必要になる。

ATMのタッチパネルの
画面の右に、
電話の受話器が
ついていたように思うが
閉じ込められたとき、
それを使うことに
思いが至らなかった。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする