2017年02月07日

曽野綾子さんの「あとは野となれ山となれ」という覚悟

'17年2月7日(火)    
[曽野綾子] ブログ村キーワード

文芸記者だった
小欄の先輩が、
新聞連載の仕事で
曽野綾子さん宅へ
通い始めた頃の話である。
用件が終わると、
夫の三浦朱門さんが
必ず顔を出す。
美貌の奥さまに
焼きもちをやかれて
いるのではないか、と
思ったそうだ。
「誤解」はすぐに解けた。

▼三浦さんに用事が
ある時には、曽野さんが
現れた。
先輩は、三浦さんの論証と
曽野さんの感性が奏でる
見事な会話のハーモニーを
大いに楽しんだ。
「妻をめとらば曽野綾子」。
三浦さんが色紙に
こう記すと、曽野さんが
見事な下の句を
付け加えた。
「あとは野となれ
 山となれ」。
夫妻の共著、対談が
多いのも当然である。

▼今月3日、91歳の
天寿を全うした
三浦さんは、阿川弘之さんや
遠藤周作さんら作家仲間
との交友録でも知られる。
文化庁長官への就任も、
2人にけしかけられた
ものだ。
もっともあまりの忙しさに
音を上げて、2人に
相談した。

▼「阿川は
 『お前、まだ
  やっているのか』と
  無責任なことを言う。
  遠藤にいたっては、
 『俺の息子は
  お前の仲人で
  結婚したから
  もういい』ですよ」。
つまり、文化庁長官の
肩書はもう必要ないと
いうのだ。
辞任に際して、ユーモア
たっぷりに語っていた。

▼もちろん、お互いの
文学を理解し、認め合った
上での軽妙なやりとり
だった。
「神という主人もちでは、
 自由であらねばならぬ
 作家にとって致命的だ
 という批判がありました」。
遠藤さんの葬儀で、
三浦さんが読んだ弔辞の
一文である。

▼カトリック作家ゆえの
遠藤さんの若き日の
苦しみを伝え、強く記憶に
残った。
三浦さん夫妻も敬虔な
カトリック教徒である。
その葬儀では、
『また会う日まで』という
歌で死者を送るそうだ。
三浦さんもこれまで
見送ってきた多くの友と、
再会を果たしているだろう。
(産経抄 産経新聞2/6)

今どきの結婚適齢期の
若い人たちは
「あとは野となれ山となれ」
とは考えない。

生殖適齢期を逃しては
生き物としての務めは
果たせない。

posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする