2017年02月06日

命も名も官位も金も欲せず、時代の求めに応じた人

'17年2月6日(月)
[西郷隆盛] ブログ村キーワード

命もいらず、名もいらず、
官位も金もいらぬ人は、
仕末に困るもの也

「南洲翁遺訓」(1890年)


芥川龍之介に
短編「西郷隆盛」がある。
明治維新史を専攻する学生が、
列車の食堂車で老紳士と
出会う。老紳士は言う。
「西郷隆盛は今日までも
 生きています」
「その証拠には、
 今この上り急行列車の
 一等室に乗り合わせて
 いる」。
促された学生が一等席に
行くと、そこには――。

維新史に残る西郷の働きは
すさまじい。
幕末、蛤(はまぐり)御門の変で
薩摩藩兵を率いて長州を退け、
征討にあたる。
一転して長州と連合し、
江戸幕府による政治を廃す
王政復古、旧幕府・諸藩との
戊辰戦争、江戸城無血開城を
主導する。
維新後は請われて参議となり、
廃藩置県を断行、学制、
徴兵制などを導入した。

これほどの偉業を
10年足らずで成し得たのは
なぜか。
鹿児島市維新ふるさと館
特別顧問の福田賢治さん
(75)は
「捨て身の覚悟があった
 からだ」とみる。
「南洲翁遺訓」に
西郷が語った一節がある。
「命もいらず、名も
 いらず、官位も金も
 いらぬ人は、
 仕末に困るもの也」。
西郷は
「此の仕末に困る人
 ならでは、艱難を
 共にして國家の大業は
 成し得られぬなり」と
続けている。

幕末の激動の舞台に
引き上げてくれた
藩主島津斉彬(なりあきら)
殉じることはならなかった。
安政の大獄により、
新たな国造りという
斉彬の遺志を共に頂いた
勤皇派の僧と錦江湾に
入水したが、生き残って
しまう。
「死のふちをさまよい、
 武士としての
 恥を忍んで生き延びる。
 『あとのことは
  天に任せる』という
 気持ちになった」
(福田さん)。
無私無欲の西郷は、
澄んだ心で時代の求めを
感じ取り、ひたすら
応じ続けたのかもしれない。

「征韓論」で鹿児島に
退いた西郷は、
西南戦争に敗れ、城山で
自刃する。
急激な欧化と政治、
世相の乱れに不満を
募らせた士族層に担がれた
との見方がある。
幕末維新期と同様に、
時代が捨て身の西郷を
求めたのか。

芥川の「西郷隆盛」で、
一等室に移った学生は、
居眠りをする男に
「子供の時から見慣れて
 いる西郷隆盛の顔」を
見つけ、つかの間、
「城山戦死説」に懐疑的に
なる。
来年は維新150年。
西郷は今日までも生きて
いる。とすれば今の時代、
どんな働きをするだろう。
(讀賣新聞2/5 日曜版1面)

西郷のような人は
いつの時代も求められて
いる。
芥川もそう思ったに
違いない。
タグ:命 名 金
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする