2016年07月31日

国際法無視の韓国は中華思想の呪縛にかかっている

'16年7月31日(日)
[慰安婦] ブログ村キーワード

2年前の6月、ソウルの
在韓日本大使館前の公道に
違法設置された慰安婦を
象徴する少女像を見てきた。
ちょうど慰安婦問題で
日本を糾弾する
「水曜デモ」の日に当たり、
慰安婦支援団体や
学生グループらが集まって
いたが、さぞ大切にされて
いるだろうと思いきや、
慰安婦像の扱いはぞんざい
だった。

▼百聞は一見にしかず。
デモ参加者の男子学生らは、
人目も気にせず慰安婦像の
頭に腕を乗せ、頬をつつく
など像をもてあそびながら
談笑していた。
その様子に誰もが無関心で、
注意したり、眉をひそめたり
する人も見当たらなかった。
像はその程度の存在なのだと
分かった。

▼もとより慰安婦像も
デモも、公館の
「安寧妨害」や
「威厳の侵害」を禁じた
ウィーン条約に抵触する。
それを放置することは、
韓国が国際法も順守できず、
隣国への嫌がらせ行為も
やめさせられない無能で
非礼な国家であると自ら
告白しているようなもの
だろう。

▼もちろん慰安婦像は腹立
たしい。
「適切に解決されるよう
 努力する」。
韓国は昨年末の日韓合意で
慰安婦像の撤去・移転に
ついてこう約束したのだから、
それを誠実に履行すべきは
当然だ。ただ、約束を守れ
ないことで国際的な評価を
下げるのは、いずれにしろ
韓国の方なのである。

▼韓国は今月、中国が強く
反発していた在韓米軍への
高高度防衛ミサイル
(THAAD)配備方針を
決めた。
対中傾斜姿勢を改めた以上、
もはや親中・反日路線には
安易に後戻りできない。
米国が後押ししてきた
日韓合意も重視せざるを
得まい。

▼これまでのような
「慰安婦像は民間団体が
 設置したもので関与
 できない」という
言い訳は、もう通用しない。
像の撤去が遅れれば遅れる
ほど、世界に恥をさらす
ことになろう。
(産経抄 産経新聞7/30)
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2016年07月30日

夏は飛行機で長い距離を移動する機会が多くなる

'16年7月30日(土)
[飛行機] ブログ村キーワード

わが家の上空を
成田を離発着する飛行機が
通る。
南風のときは、着陸する
飛行機が南から北へ、
北風のときは、離陸した
飛行機が北から南へ
向かって飛んでいる。

空を飛ぶことから
飛行機には無駄なものは
一切ないのだろう。
日航ジャンボ機墜落は
悲惨な事故であった。

夏は思い出が増える季節。
夏休みに子どもにせがまれて、
あるいはお盆の帰省になど
飛行機に乗らざるを得ない
人もいるに違いない。

そこで、飛行機に関する
寄稿文を集めた情報誌から
そのいくつかを拾ってみた。

座席交換

家族4人で初めてハワイに
行った、帰りの飛行機での
出来事。
飛行機に乗り込み座性を
確認すると、
3人は横に並んでいるのに
1人だけかなり前方の席
だった。仕方がないので、
私がその座席に座ることに
した。

私が前の席に移動すると、
主人の隣に座っていた
外国人の男性が
私のところにやって来た。
彼は
「彼女と一緒に乗ったが、
 自分ちも席がバラバラ 
 なので、私の席に
 座ってください」と言い、
座席を交換してくれたのだ。
優しい気遣いに心から
感謝し、降りるときに
再度お礼を伝えた。

ハワイでの楽しい思い出に
飛行機での温かい出来事が
加わり、本当に
忘れられない家族旅行に
なった。
(東京都・岩村ヱツさん(62歳))

アンラッキー?

ある時、夫と娘と私の
3人で飛行機に搭乗した
ところ、非常口に近い
座席でした。
前が広く空いているので、
狭いエコノミー席と
比べると「ラッキー」だ
と思い、喜んでいました。

しかし、この席は時々
客室乗務員が私たちと
向かい合った形で座るの
です。
みんなきれいな人ばかり。
そして、仕事中なので
とてもきちんとして
います。
私たちは目線をどこに
向けたらよいか分からず、
緊張してとても疲れた
ことを思い出します。
(東京都・岩崎さち子さん(65歳))

貴重な父の姿

私の父は、飛行機が大嫌い。
父の口癖は、
「あんな鉄の塊が
 飛ぶなんてありえない!」
である。

ある時、母の実家で
不幸があり、鹿児島県に
至急行かなければなら
なくなった。
意を決しての搭乗!
私と妹の間に父を座らせた。
鹿児島に着くまでの
約1時間40分、
父はずっと落ち着かず、
少しでもふわっと揺れると
声を漏らしていた。

その姿を見て、
妹と2人でニヤニヤ
しながら父のお守り役を
したのだった。
いつも強かった
父の弱い一面を見ることが
でき、貴重な時間となった。
(茨城県・吉田美佳さん(48歳))
(読売家庭版No.620 '16/8)


社員旅行に伊豆の大島を
企画したことがあった。
羽田からYS-11で発ったが、
強風で大島に降りられ
なかった。
タッチアンドゴーを2度
繰り返した。
隣にいた社長が
「何回やるだろう」と
聞いてきた。
「3回」と答えたが
2回で羽田に引き返した。

前日の夜、船で向かった
人たちは釣りをして
予定通り帰って来た。
宿の女将は
「自衛隊あがりの
 パイロットなら
 降りたのに」と言った
そうである。
自衛隊恐ろしや・・・。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月29日

危険人物をマークして犯罪を予防するのは治安の基本

'16年7月29日(金) 
[殺害] ブログ村キーワード

1998年夏、英国中部の町で、
開業医が15人もの患者を
殺害する事件が発覚した。
往診先で患者に大量の
薬物を注射して殺害する
手口である。
医師は終身刑が確定した。
ところがその後の調べで、
被害者が200人を超える
ことが明らかになる。
動機だけがわからない。
医師は何も語らないまま、
刑務所で自殺してしまった。

▼相模原市の障害者施設で
19人の入居者を刺殺した
植松聖容疑者(26)は、
今年2月ごろから凶行を
示唆する言動を繰り返して
いた。
「障害者なんて
 いなくなってしまえ」。
犯行後もこんな供述で、
強い殺意をにじませている。

▼もともと地元では、
子供好きで
「きちんとあいさつできる
 青年」との評判だった。
教員志望でもあった若者に
一体何が起こり、弱者に
憎悪をむき出しにして、
(やいば)を振るう
ようになったのか。
やはり謎は深まるばかり
である。

▼「心神喪失による無罪」。
衆議院議長に宛てた手紙に
あった、無罪を期待する
ような虫のいい記述も気に
かかる。
警察車両のなかでは、
カメラに向かって笑みさえ
浮かべていた。
植松容疑者が罪の大きさを
思い知り、被害者に心から
謝罪する。
そんな姿を少なくとも今は、
想像することすらできない。

▼ノルウェーから衝撃的な
ニュースが入ってきたのは、
5年前のちょうど今頃だった。
右翼過激思想に傾倒する男が、
爆弾を仕掛け銃を乱射して
77人を殺害した。
死刑も終身刑もない国で、
男は禁錮21年の判決を受け
服役中である。

▼といっても刑務所内では
寝室や運動部屋など3部屋が
与えられ、
テレビやゲーム機も使える。
快適な獄中生活のなかで、
男は罪を悔いるどころか、
さらなる待遇改善を裁判所に
訴えた。
それが認められたというから、
驚きである。
(産経抄 産経新聞7/28)

社会は国民の共同生活の場
である。
如何なる手段を用いても、
危険因子を取り除き、
治安を維持するのは国の
なすべき基本である。
疑わしい人物の人権は
その次に尊重されるべき
ものであろう。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月28日

自分の考えを通すために刃傷沙汰に及ぶのはもはやテロ

'16年7月28日(木)
[障害者] ブログ村キーワード

息子から、
淀川の花火に誘われ、
その前日の8月5日に
大阪に行くことにした。
花火の好きだった、
山下画伯に因む話に
であった。

山下清といえば、
今も「放浪の画家」
「裸の大将」として
多くの人に親しまれて
いる。
もっとも放浪の途中では、
ほとんど絵を描かなかった。
緻密で色鮮やかな貼り絵や
油絵の制作に取り組むのは、
千葉県市川市の養護施設
「八幡学園」に戻ってから
である。

▼小学校でひどいいじめに
遭った清は、12歳で学園に
預けられた。図画の時間に
貼り絵と出合う。
ゴッホの研究家でもあった
学園の顧問医師の指導を
受けて、画才を開花させて
いく。園児たちの貼り絵の
展覧会が開かれると、
清の作品は大反響を呼んだ。

▼相模原市にある障害者の
ための施設
「津久井やまゆり園」には、
149人が入所している。
清のように、創作活動に
励んでいる人もいたかも
しれない。そんな
山あいの静かな施設が、
血まみれの地獄絵図と
化してしまった。

▼26日未明、刃物を
持って侵入した26歳の
男によって、惨劇は
引き起こされた。入所者は
首などを刺され、19歳から
70歳まで男女19人が死亡、
26人が重軽傷を負った。
犯行後に警察に出頭した
男は元職員である。


「私は障害者総勢470名を
 抹殺することができます」
「職員の少ない夜勤に決行
 いたします」。
男は今年2月、施設名を
明記したこんな内容の
手紙を衆院議長に渡そうと
していた。明確な
犯行予告がありながら、
なぜ未然に防げなかった
のか。

▼清は昭和46年7月、
脳出血のために49歳で
亡くなった。
「今年の花火見物は
どこに行こうかな」。
これが、直前に家族が
聞いた最後の言葉だった。
ライフワークとなる
貼り絵の
「東海道五十三次」に
取り組んでいた清に
とって、「早すぎる死」で
あった。まして
凶刃によって突然未来を
奪われた「やまゆり園」の
入所者の無念は、察するに
余りある。
(産経ニュース7/27 5:03)
 
思い出す五行歌がある。
<百メートル/九秒台/
 一歩/三十分/どちらが
 凄い>
(斉藤淳一、市井社
 『五行歌秀歌集2』)

◆1歩を30分かけて歩く
人が作者自身かどうかは
分からない。
身体の障害であれ、知的な
障害であれ、健常者には
何でもない作業一つにも
神経を張りつめ、
全身全霊をこめて取り組む
姿が人々の胸を打つのは
確かである
(略)

「障害者なんて、
 いなくなればいいと
 思った」。
逮捕された26歳は
そう供述しているという。
(略)
(編集手帳 讀賣新聞7/27)

自衛隊も警察も暇な方が
いい。
国を守るのは一緒だが、
作戦行動中の軍隊では
下からの情報に基づいて、
命令を下すだろう。
警察組織も命令を下すの
だろうが、下からの情報は
上がっているのだろうか。
植物は水分が不足すると
枯れる。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月27日

花が咲く前に諦める、自分という花の世話が下手な人

'16年7月27日(水)
[プロ] ブログ村キーワード

プロとアマはどう違うの
だろう。英学者にして
駄洒落の名手、小田島雄志
(ゆうし)さんの説は味がある。
<その道に苦労する人が
 玄人、その道を知ろうと
 する人を素人という>
◆一昨日(24日)の
スポーチ報知でプロ野球・
広島の黒田博樹投手(41)が
語っていた。
「投げることが
 楽しいと思ったことは
 一度もない」と。
日米通算200勝を
成し遂げての感懐である。
玄人は苦労人、小田島説の
通りだろう
◆この人もそうである。
黒田投手快挙の翌日、
ヤクルトの登録名・
由規(よしのり)
(佐藤由規)投手(26)が
右肩の手術から復帰し、
5年ぶりの白星を挙げた
◆仙台市出身で、
NHKの震災復興支援ソング
『花は咲く』の歌唱メンバー
としてご記憶の方もあろう。
ほぼ同じ歳月を、被災地と
苦しみを分かち合うように
過ごした。
6年前には日本人投手
として当時最速の161`を
投げた剛腕が、140`台の
球に全霊をこめての勝利
である
◆窪田空穂(うつぼ)
歌がある。
<われ生かす信(しん)
 われには唯一なり
 評する者のあらば我のみ>。
自分を生かしている信念は
一つである。
審判を下すのは誰でもない、
自分自身だ、と。
流した涙を養分に、花は
咲く。
(編集手帳 讀賣新聞7/26)


昨今は、少し汗を流した
だけなのに、涙を流したと
勘違いする若者が多くいる。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする