2020年02月17日

乳幼児の大の字に似た寝姿に学ぶ血行改善の方法

‘20年2月17日(月)

乳幼児は大の字になって寝ている。
ただし、正確には、両手は、
万歳を途中でやめたような形、
両脚はO脚の形という
どちらも力の抜けた感じで
ある。

大人が疲労回復のために
寝るのとは決定的に違って、
成長というさらに重要な
別の目的のために
理想的な形になっている
のではないかと考える。

乳幼児の寝姿(寝相)に
血行を改善し、呼吸を楽にする
ヒントが隠されているのでは
ないか。

乳幼児の寝相を真似るのだが、
仰向けに寝て、両足のつま先を
外側に向け、両膝を曲げ、さらに
両足のかかとをくっつける。

両手は両肘を曲げ、両手の指を
組んで額に乗せる。

ここでは、
両足のくっつけたかかと
指を組んで額に乗せた両手
手足を固定させるのがこの体勢
のミソ。

掛けた布団の重みで、
両膝と両肘がより強く
押し下げられる。

腰の周りの緊張がほぐれ
丸まった胸が開かれて
血の巡りが良くなり、呼吸が
楽になるのが実感できると
思う。
posted by (雑)学者 at 09:36| 千葉 🌁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月16日

世界は感染を止められない日本を第二の武漢とみている

‘20年2月16日(日)

○フランスで死者
フランスのアニエス・ビュザン
(Agnes Buzyn)保健相は15日、
80歳の中国人観光客が新型
コロナウイルスの感染により
死亡したと発表した。
アジア以外で感染による死者が
確認されたのは初めて。

1月後半からパリ市内の病院に
入院していた男性が亡くなった
ことについて、同保健相は
14日夜に報告を受けたと説明。
この男性は数日間深刻な状態にあり、
その後容体が「急激に悪化した」
という。

これまでのところ中国本土以外では、
フィリピン、香港、日本で計3人の
死者が確認されているのみ。
(【翻訳編集】AFPBB News2/15 23:43)

○エジプトで発の感染者
エジプトの保健当局は14日、
同国で初めて新型コロナウイルスの
感染を確認したと発表した。
患者は外国人で、病院で隔離されて
いると明かした。
当局の声明によると、直ちに
世界保健機関(WHO)に報告し、
必要な予防措置を講じたという。
患者の国籍など詳細は明らかにして
いない。
WHOエジプト事務所は
ツイッターで、患者には症状が
出ておらず、容体は安定している
と明かした。
(カイロ14日 REUTER2/15 07:50)

○和歌山で院内感染
和歌山県湯浅町の済生会有田病院の
男性外科医(50歳代)が新型
コロナウイルスに感染した問題で、
和歌山県は15日、この外科医の
同僚で、同病院に勤務する50歳代の
別の男性外科医も感染していたと
発表した。同病院をめぐっては、
入院患者だった農業男性(70歳代)の
感染も判明しており、同県で
確認された感染者は3人となった。

同病院は、来院患者や家族を
対象とした「接触者外来」を設置。
湯浅町も対策本部を設けて情報収集を
進めている。
(讀賣新聞オンラインニュース2/15 13:33)

○沖縄でも感染者
新型コロナウイルスによる肺炎
(COVID19)が国内で拡大している。
街中ではマスク姿の人が目立つ。
県内初となる感染者も確認され、
警戒感が高まる。
県や保健所などには問い合わせが
相次ぐ。これまでも検査の
要望やクルーズ船の寄港を尋ねる
声などが多く寄せられていた
▼教訓としたい出来事がある。
2009年に流行した新型インフル
エンザだ。県の推計では当時の県民の
6人に1人に当たる約22万人が感染し、
3人が犠牲になった
▼当初「高い致死率」と恐れられたが、
多くの場合、軽症で回復した。
しかし不安は高まり週末の救急外来には
人が殺到。電話相談もパンク寸前になり、
救急医療体制が脅かされた
▼感染が広がったのは
ビーチパーティーやエイサーの練習、
居酒屋、子どものスポーツの試合
などの場だったことが後の調査で
判明した。集まる機会が多く、
多少の無理を押しても参加する
県民性が影響したようだ
▼当時を知る関係者らは、
感染者が増えていく中、
ハイリスクの患者を守る態勢への
転換がうまくできなかったと
反省する
▼新型肺炎も渡航歴のない人の
感染が相次いで確認されるなど、
新たな段階へ入った。
冷静な対応が大切だ。
重症化しやすい高齢者や持病の
ある人は十分な対策が必要。
われわれは手洗いや換気など、
できることを心がけたい。
(内間健)(大弦小弦 沖縄タイムス2/16 08:24)

○クルーズ船の米国人は
 チャーター機で

新型コロナウイルスへの
感染が確認された患者は世界
29カ国・地域で計6万9000人
となり、これまでに1669人が
死亡した。中国本土の患者が
大半を占めるが、これに次ぐ
日本では15日までに、
横浜港に停泊しているクルーズ船
「ダイヤモンド・プリンセス」の
乗客・乗員285人を含め、
計338人の感染が確認された。
乗客らは検疫のため、
19日まで船内に待機する予定
だった。しかし運航会社の
社長は乗客らへの文書で、
18日から実施する検査の
完了までに数日かかることから、
下船は21日以降になるとの
見通しを示した。
乗員、乗客には400人余りの
米国人が含まれている。
米国務省は16日中に、感染の
兆候がみられる患者以外の
米国人を独自にチャーター機で
帰国させる方針だ。
乗客らは帰国後14日間、
米軍基地に隔離されるという。
一方、香港発のクルーズ船
「ウエステルダム」は日本などで
寄港を拒否された後、14日に
カンボジアに入港。
乗客らは下船したが、このうち
米国人女性(83)がマレーシアへ
移動した後で発症し、15日に感染が
確認された。
(CNN2/16 02:01)
posted by (雑)学者 at 16:48| 千葉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月15日

たったひとことが、人のこころをあたためる

‘20年2月15日(土)

新年早々、右半身の背中や
脇腹に、痛がゆいボツボツが
できてしまった。
近くの皮膚科医院で診て
いただくと、帯状疱疹とのこと。

先生が
「これはひどい。
 痛かったでしょ。痛かったね」
と言って、心から同情して
くださった。
私は泣きたいほどの痛みに耐えて
いたので、その言葉がうれし
かった。

この先生は、患者の顔を
じっと見つめながら、
とても明るく、優しい声で
診察してくださる。
パソコンを見てばかりいる
お医者さんもいるが、この先生は
全然違う。
医院のスタッフの皆さんも親切で、
生活上の注意点などを丁寧に
説明してくださる。
だから、待合室はいつも患者で
いっぱいだ。

帯状疱疹は、ストレスがあったり、
疲れていたりする時に発症しやすい
そうだ。
とにかく痛かった。
発疹は治まってきたが、痛みは
まだ続いているので、通院を続けて
いる。

診察室の壁に
「たったひとことが、
 人のこころをあたためる」
と書かれた色紙が貼られている。
先生やスタッフさんたちの優しさが
表れている言葉だと思う。
(栃木県下野市・山田昭子さん75)
(ぷらざ 讀賣新聞2/13 15(くらし)面)

posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月14日

じてんしゃやさんの気持ちがほっこりする話

‘20年2月14日(金)

じてんしゃにのれた

じてんしゃに
のれるようになった
じてんしゃやさんに
おれいをいわなきゃ
(米島志織ちゃん 富山市・船峅(ふなくら)保育所6歳)

お母様の添え書きによると、
すぐにお礼を言いに
いったそうです。(平田俊子)
(こどもの詩 讀賣新聞2/13 15(くらし)面)

この自転車屋さんは、
驚きのあまり、涙を浮かべて、
子どものお礼を聞いただろうか。
それともよくある話なのだろうか。
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月13日

人に歴史あり、選手でも監督でも成功した野村さん逝く

‘20年2月13日(木)

○河北新報
野村克也さんは3歳の時に
父親を戦争で亡くした。
病弱な母親に育てられ、
極貧生活を送る。
夜なべをして働く母を見て
「金持ちになって
 母を楽にしたいと思い、
 プロ野球選手を志した」と
自著『人生を勝利に導く金言』
(致知出版社)につづった
▼努力が開花し球界を代表する
強打の名捕手になった。
母の死の2年後に南海から
監督就任の要請を受ける。
「監督はやっちゃいかん。
 人様に迷惑を掛ける」
というのが母の遺言だったが、
成功して死んだ母を喜ばせ
たいと思い、引き受けた
▼名監督としても活躍した
野村さんが84歳で亡くなった。
苦労を重ねた人生が縁を
引き寄せたのか。
南海、ヤクルト、阪神と
低迷するチームを率いた
▼2005年、球団創設
1年目の東北楽天が0−26で
大敗した試合を見て
妻の故沙知代さんに予言した
という。
「俺に監督要請が来る」。
翌年から4年間指揮を執り、
断トツの最下位だった
チームをAクラス入りする
までに育てチームの礎を築いた
▼09年に日本ハムに敗れた
クライマックスシリーズが
公式戦最後のユニホーム姿
だった。退任が決まり、
両チームの選手に胴上げ
された。敵地なのに
「野村コール」が起きた。
自身を月見草に例えた野村さん。
グラウンドに大輪の花を
咲かせた在りし日の姿が
まぶたに浮かぶ。
(河北春秋 河北新報ONLINE NEWS2/12)

○日本経済新聞
去年の7月11日。
仕事を早々に切り上げ、
雨がそぼ降る東京・神宮球場に
タクシーを飛ばした。
プロ野球のヤクルト球団設立
50周年を記念したOB戦を
見逃すわけにはいかない。
この負け癖がついたチームにも、
黄金の1990年代があった。
名監督ノムさんの手腕だ
▼約2万8000人の観衆が
最も沸いたのは、四回裏。
「代打・野村克也」が告げられた。
バットをつえにして、ベンチから
おぼつかない足取りで打席に向かう。
その腕を、まな弟子の
古田敦也さんが支えた。
初球は見送る。2球目は空振り。
通算657本塁打の84歳の
レジェンドに怖じ気づいたのか。
相手は申告敬遠した
▼この寸劇に大いに笑った。
同時にしんみりした。
ユニホームを着た最後の雄姿に
なるのか。目に焼き付けよう。
多くのファンがそう感じていた
はずだ。ノムさんの訃報に接し、
歓声を浴びながらベンチに退く
後ろ姿がよみがえった。
卓越した理論を時にボヤキに
変換し、南海、ヤクルト、阪神、
楽天を率いた名伯楽だった
▼一方、歴代最多の1563の
負けを喫した。
「勝ちに不思議の勝ちあり。
 負けに不思議の負けなし」の
金言は失敗に学ぶ哲学だ。
「野村再生工場」で、
戦力外通告された選手を復活
させた。人事の妙は企業経営にも
通じるのだろう。
「日経ビジネス」2月10日号の
取材で人材育成について語って
いる。球界は至宝を失った。
(春秋 日本経済新聞2/12)

○毎日新聞
ノムさんこと野村克也さんは
少年時代、夕暮れの浜辺に咲く
かれんな花に心引かれた。
「なぜ昼に咲かないのか」。
それを思い出したのは数十年後、
通算600本塁打を前に、
達成時の談話を考えていた時
だった

「王や長嶋が太陽を浴びて
 咲く『ひまわり』とすれば、
 こっちは人目にふれない
 ところで咲く『月見草』や」。
記録達成の日の観客は7000人、
同日の巨人戦は5万人近い入りだった。
歴史的談話は熟考し、準備された
ものだった

「人や集団を動かすものは  
 言葉しかない。
 ほかに何があるんですか」が
口癖だったノムさんは、
練達の言葉の使い手だった。
捕手時代の「ささやき」戦術、
監督として掲げた「ID野球」、
芸の域に達した「ぼやき」も
そうであろう
▲だから名言は多い。
「野球は気力1分、体力1分、
 残り8分は頭なんや」
「配球も人生も大事なのは『緩急』」
「グチは『不満』を表すもの、
 ボヤキは『理想と現実の差』を
 表現する」
「アマは『自分が喜ぶ』。
 プロは『人が喜ぶ』」
▲打者としての最多打席数や
歴代2位の本塁打、安打、打点、
さらに平成最多勝利監督などの
栄誉は今さらたたえるまでもない。
ただ精神論が幅をきかせてきた
日本の野球に「考える野球」の
文化を吹き込んだ功績は忘れては
なるまい
▲名言
「勝ちに不思議の勝ちあり、
 負けに不思議の負けなし」は
剣術書からの引用だという。
「ささやき」の昭和から
「ぼやき」の平成へ、大記録と
令和の野球文化を次世代に
残し、ノムさんが旅立った。
(余録 毎日新聞2/12)
posted by (雑)学者 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | お悔やみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする